災害

2022.10.21(金)

複雑な経路をとって南西諸島に襲来した台風第11号
~衛星観測と気象リアルタイムシミュレーションで見られた特徴~

毎年、夏から秋にかけて日本の南の海上で台風が発生し、日本に接近・上陸しています。近年は、地球温暖化の進行とともに、台風に伴う強風と降水が激甚化することが予測されており、防災の観点から早期に台風の進路や強度をより正確に予測する社会的なニーズも高くなってきました。
2022年も例外なく、複数の台風が日本に接近・上陸しており、最近では台風第11号、12号、14号、15号が立て続けに日本に接近・上陸して被害をもたらしています。被害を受けられた方々に対し、謹んでお見舞い申し上げます。
本レポートでは、台風の状況把握に関する情報提供の観点から、JAXAの衛星観測データとリアルタイム気象予測NEXRAの情報を合わせて、今年8月下旬に南西諸島に接近した台風第11号の解析結果を紹介します。台風第14号については、twitterで衛星観測結果等をお知らせしています(降水海洋)のでご参照ください。

台風第11号の経路と強度

台風第11号は、2022年8月28日15時(以降すべて日本時間)に小笠原諸島東方の日本の南洋上(北緯25.9˚、東経149.5˚)で発生し、国際名HINNAMNORと名付けられました。図1は台風第11号の経路図です。発生後、勢力を強めながら西進し、沖縄の南で猛烈な勢力を維持しながら停滞し、先島諸島に暴風による災害をもたらしました。30日21時から31日20時の間、および沖縄島の南方洋上で停滞中の9月1日9時から2日0時の間は猛烈な勢力を維持しました。この間に一度台風の勢力が「猛烈」から「非常に強い」に弱化したことが着目されます。その後、東シナ海を北上して韓国南部に上陸し、日本海を通過して温帯低気圧になりました。

図1. 台風第11号の位置(点)と中心気圧(色) (気象庁の速報値より引用)。

台風第11号に伴う雲の観測

台風第11号の雲の移動の様子は気象庁が運用するひまわり8号や気候変動観測衛星「しきさい」(GCOM-C)の可視や熱赤外画像で概観することができます。ひまわり8号による熱赤外動画(図2)を見ると、北緯25度・東経150度付近で8月28日頃に青く表示された雲が丸く集まり、29日には中心にはっきりした眼を伴うようになり、反時計周りに回転しながら周囲の大気の流れとともに西進しています。沖縄の南に停滞した後、9月3日以降には雲の範囲広げ北上し、9月6日には日本海に入り急激に雲の形が崩れていく様子が分かります。JAXAではこのような画像だけでなく、画像データから台風に伴う雲の厚さや温度等の物理量の定量的な推定も行っています(https://www.eorc.jaxa.jp/JASMES/SGLI_STD/daily.htmlhttps://www.eorc.jaxa.jp/ptree/)。

図2. ひまわり8号による2022年8月27日から9月7日の日本周辺の熱赤外(6.2µm波長)の動画。高い高度の雲は青く(衛星から見て低温)、晴れていて地表や海が見えている領域(特に乾燥した大気の領域)は黄色~赤(衛星から見て高温)に表示される。

全球降水観測(GPM)による台風第11号に伴う降水の水平分布と立体構造の変化

JAXAでは、全球降水観測計画(GPM)主衛星水循環変動観測衛星「しずく」(GCOM-W)などの複数の人工衛星を用いて、1時間毎の世界の雨分布データである衛星全球降水マップ(GSMaP)を開発・公開しています。図3はGSMaPによる台風第11号に伴う降水量分布の時間変化を表しており、上が1時間毎の降水量、下がその積算降水量を示しています。図1の経路図に沿って、台風が勢力を変化させながら移動し、経路に沿った広い範囲に降水をもたらしている様子がとらえられています。

図3. 衛星全球降水マップ(GSMaP)による2022年8月28日9時00分~9月7日8時59分までの1時間毎の降水量変化(上)および期間内の積算降水量(下)。

図3に示したGSMaPデータにも使われているGPM主衛星には、二周波降水レーダ(DPR)というJAXAが情報通信研究機構(NICT)と共同で開発したセンサが搭載されています。DPRは、降水の立体構造を観測できるという特徴を有しています。
図4には、このGPM/DPRが観測した台風第11号に伴う降水事例を3つ示しています。

  • 図4(a)は9月4日7:45頃に先島諸島に位置する台風第11号をGPM/DPR観測した事例です。降水の水平分布からは同心円状に広がる台風ならではの構造がみられ、立体構造では台風の眼がはっきりとらえられています。
  • 図4(b)は9月6日5:57頃に台風第11号が韓国南部に上陸した際にGPM/DPRがその中心より北側の降水域を観測した事例です。図4(a)の時点では東北地方から西側にかかっていた秋雨前線が、図4(b)の時点では形・位置を変えて、韓国南部の台風の周辺から日本海上を北東方向に伸びており、図4(b)のGPM/DPRでは、その前線に沿った降水が観測されています。立体構造を比較すると、図4(a)の台風中心付近は、ところどころ降水が高くまで発達している対流的な降水の特徴がみられることに対し、図4(b)の台風周辺の前線に伴う降水帯では、降水頂はそれほど高くないものの、地上では強い降水がもたらされている様子がみてとれます。
  • 図4(c)は、9月6日21:02頃に台風第11号が温帯低気圧に変わった直後に、低気圧中心の北西側の降水域をGPM/DPRが観測した事例です。図4(b)よりもさらに高緯度の観測事例であり、降水頂の高度は5-6km程度となっています。図4(a)(b)と比較しても、比較的弱い降水域が広がっている様子がみてとれます。
図4. GPM/DPRによる台風第11号の降水三次元分布。

「だいち2号」台風第11号の風速の推定

海上での台風の風速は、台風の強さや進路の推定のために不可欠な情報です。しかし、従来の観測方法では、台風の局所的な風速分布を捉えるには解像度が粗いことや、風速20mを越えるような強風域での風速推定が難しいことなどの問題があり、台風防災における大きな課題でした。
陸域観測技術衛星2号「だいち2号」(ALOS-2)搭載のLバンド合成開口レーダ「PALSAR-2」は、天候に関わらず高解像度で海面の画像を取得でき、風速50m/sを超える強風域を含む海上風の観測が可能であることが最近の検討からわかってきました。
図5は、2022年8月31日13時2分頃に観測した、台風第11号中心付近の海域の「だいち2号」の観測データ(左)およびそこから海上風を算出したもの(右)です。台風の眼の周囲の微細な高風域の形状が捉えられています。「だいち2号」による海上風速推定は、精度の向上と、気象モデルへの同化を目指して研究が進められており、将来的に台風の進路や強度の予報、被害予測の精度向上による減災に役立つことが期待されます。

図5 (左)2022年8月31日13時2分頃の台風第11号中心付近の「だいち2号」HV偏波画像、(右)推定された海上風速

台風停滞中の海面水温の低下(「しずく」による海洋の衛星観測とシミュレーションの結果)

「台風第11号の経路と強度」でも前述したように、台風第11号が沖縄の南方の海上に停滞している間に台風強度は弱くなり、その後、北進して韓国や日本に影響を及ぼしました。この時期、沖縄周辺の海水温が平年と比べて2˚C高く、30˚Cとなっており、台風の発達・勢力維持に好都合な環境にありました。同時に、沖縄の南に長く停滞していている間、海水温が低くなっており(図6)、台風が沖縄付近で弱化と関係していると考えられます。台風第11号が沖縄の南方海上に停滞した後、北上した際に再び海水温が高い領域を通過したことで、台風の勢力が維持されたと考えられます。「しずく」(GCOM-W)搭載の高性能マイクロ波放射計2(AMSR2)は雲を透過してその下の海面や地表面を観測できる一方で、雨が降っている場合は海面水温の推定が難しくなります。そのため、台風の影響による海面水温の低下を完全に捉えることができません(地球が見える「衛星から台風通過時の海面水温低下を測る」参照)。JAXAは理化学研究所との共同研究を通して、衛星データを高い頻度で海洋シミュレーションに融合するシステムを開発しています。台風は海洋からの熱や水蒸気の供給によって発達するので、海洋の状態をより正確に再現することが重要です。そこで、現在、海洋が台風に与える影響を反映できるような気象リアルタイム解析システムの高度化にも取り組み始めています。

図6. 2022年8月25日~9月7日の日本周辺の海面水温。上は「しずく」の5日移動平均海面水温に静止気象衛星「ひまわり8号」の雲画像を重畳し、台風の中心位置をプロットしたもの。中は「しずく」の5日移動平均海面水温のみを表示。下は、衛星海面水温をシミュレーションに融合した日平均海面水温を表示。

気象リアルタイムNEXRAで見られた台風第11号の進路予測

JAXAでは、前述した衛星観測だけでなく、数値シミュレーションも活用して、気象リアルタイム解析システムNEXRAを運用し、水平高解像度(14 kmメッシュ)の気象情報をWEBを通じて提供しています(https://www.eorc.jaxa.jp/theme/NEXRA/index_j.htm)。同時に、研究目的で毎日午前9時を初期値として5メンバーのアンサンブル予測実験(初期値を少しずつ変えた予測実験)を実施してきました。本項では、NEXRAの高解像度解析データおよびアンサンブル予測実験で見られた台風第11号のふるまいについて紹介します。
NEXRAの高解像度解析データで得られた8月27日から9月3日までの日本周辺および台風周辺の気象場(海面更正気圧・風向・風速)と水蒸気量の分布を図7に示します。図は積算水蒸気量(鉛直積算した水蒸気量)、10m高度の風場(矢印)、海面更正気圧(等値線)を示しています。水蒸気量が比較的多い場所(黄色の領域)として台風の存在(海面更正気圧1000hPaが囲む場所)が確認できますが、台風発生後の初期段階(8月27日から30日)は比較的小さく保ったまま西進したことがわかります。8月30日から9月3日にかけて、沖縄の南の海上に停滞し、水蒸気量の多い台風の領域が拡大しました。9月3日から北上を開始し、沖縄地方に暴風雨による災害をもたらしました。8月30日から9月2日の台風が沖縄の南の海上に停滞している期間、ピンク色の等値線で示されている気圧の情報から、太平洋高気圧の日本付近への張り出しが強いことがわかり、これが原因で台風の停滞がもたらされたと考えられます。

図7. NEXRAによる2022年8月26日から9月2日までの日本周辺および台風第11号周辺の気象場と水蒸気量の分布。1日前の9時を初期値として高解像度実験によって得られた予測値。

図8はNEXRAの初期値8月31日から9月3日の1日毎のアンサンブル予測実験による台風進路予測の結果を示します。この4つの初期時刻の予測は全てのメンバーにおいて、台風第11号が沖縄南に停滞していた後に北進する様子が捉えられています。8月31日初期値の予測では、台風の経路にばらつきがみられますが、9月2日、3日と初期値が進むにつれ、全てのメンバーにおける台風の経路は、黒のマークで示す台風の実際の経路に近い予測となり、韓国に上陸することが予測できています。

図8. NEXRAのアンサンブル予測実験による台風第11号の進路予測結果。台風の実際の経路を黒のマーク(JMA ref track:気象庁による速報値)、灰・赤・オレンジ・青・緑・水色の線はそれぞれNEXRAによる異なるアンサンブルメンバー(初期値を少しずつ変えた予測実験)を表す。

おわりに

このレポートでは、2022年8月下旬から9月初めにかけて日本に接近した台風第11号について、JAXAによる衛星観測データと数値シミュレーションによる解析・予測実験の結果を示しました。台風第11号は、小笠原諸島東方の日本の南洋上で発生し、勢力を強めながら沖縄の南までに西進しました。沖縄の南の洋上で猛烈な勢力を維持しながら停滞し、先島諸島に被害をもたらしました。沖縄の南の洋上に停滞している期間中に一度勢力を弱めたものの、その後、北上し始めると同時に勢力を増強しました。最終的に東シナ海を北進し、韓国南部に上陸して日本海を通過し、温帯低気圧に変わりました。
今年9月には、台風第11号に続いて、台風第12号が先島諸島に襲来し、台風第14号が九州に上陸・日本を縦断いたしました。これらの台風の発達や経路には、日本南洋上の海面水温や日本周囲の気象場が影響をもたらしています。これらの気象海洋の状況についてもJAXAによる衛星観測データや気象リアルタイム解析システムによってとらえられています。JAXAでは、今後も、衛星観測をリアルタイムで提供することによって、防災・減災につながる情報発信を目指すとともに、アンサンブル気象シミュレーション結果を解析し台風などの気象現象の理解へ貢献できるよう引き続き研究に取り組んでいきます。

なお、本レポートは、東京大学大気海洋研究所 佐藤正樹教授、Chen Ying-Wen 特任研究員、理化学研究所計算科学研究センター 三好建正チームリーダー、大石俊 特別研究員と地球観測研究センター(EORC)のメンバーによって共同で作成しました。

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