利用研究
2024.03.06(水)
2023年に唯一日本に上陸した台風第7号と日本海の高い海面水温の関係
毎年、夏から秋にかけて日本の南の海上で台風が発生し、日本に接近・上陸しています。近年、地球温暖化の進行とともに海面水温が上昇し、これが台風に伴う強風と降水の激甚化に寄与することが予測されています。気象庁の発表では、2023年8月の日本近海の海面水温は平年に比べてかなり高く、日本海北部、南部で過去最高でした(参考「海面水温の上昇とエルニーニョ現象」)。
2023年は、日本へ接近する台風が平年より少なく、上陸した台風も台風第7号の1個のみでした(気象庁、令和5年(2023年)台風について)。しかし、台風7号は8月半ばに紀伊半島や明石市付近に上陸した後、近畿地方や中国地方を中心に記録的な降水をもたらしました。図1は衛星全球降水マップ(GSMaP)による2023年8月8日9時(日本時間)から8月14日14時(日本時間)までの地表での降水量の時間変化の動画です。GSMaPはGPM主衛星データと水循環観測衛星しずくに搭載されたAMSR2をはじめとした複数のコンステレーション衛星群(GPM計画に参加する各国・機関の人工衛星群)データから全球の降水分布を算出しています。これを見ると、台風7号の影響により、近畿地方を中心とする広い範囲で強い雨が降っていることがわかります。また、鳥取県では線状降水帯を伴う豪雨となり大雨特別警報が発表されました。台風の被害を受けられた方々に対し、謹んでお見舞い申し上げます。
JAXAでは、こうした現象をより深く理解するために、衛星をはじめとする地球観測データと数値シミュレーションを融合し、両者の優れた点を最大限に引き出す研究開発を外部機関との連携で進めています。本稿では、この試みで生まれた二つのシステム「NICAM-LETKF JAXA Research Analysis (NEXRA)」(東京大学・理化学研究所との共同開発)や「JAXA-RIKEN海洋解析(LORA)」(理化学研究所との共同開発)によるデータ等を使用し、日本海の高い海面水温が2023年の台風7号に与えた影響についての解析結果をご紹介します。
台風第7号の経路と強度、NEXRAの日々の予測結果
台風第7号は、2023年8月8日に南鳥島近海の日本の南洋上(北緯23.9˚、東経149.4˚)で発生し、国際名LANと名付けられました。図2の黒線は、気象庁が発表した台風第7号の経路を示しています。発生後、勢力を強めながら西進し、10日には非常に強い台風になりました。その後ゆっくりと北上を続け、15日5時前(日本時間)に和歌山県潮岬付近に上陸し、15日13時頃(日本時間)、兵庫県明石市付近に再上陸しました。15日中に日本海に抜けた後も台風としての構造は維持し、17日に北海道の西で温帯低気圧に変わりました。
NEXRAでは、数値シミュレーションとGSMaPなどの衛星観測データを用いて作成された精度の高い初期値を元に、6時間毎に水平14kmメッシュのNICAM(数値気象予測モデル)を用いた5日先までの大気の予測シミュレーションを6時間毎に行っています。NEXRAで予測された台風経路を、図2の台風経路(黒線)にカラーの線で重ねて示します。8月10日頃のより早い予測開始時刻のシミュレーション(青線や緑線)では実際の場合とは異なり関東に向かうように台風の進路を予測している一方で、8月13日頃のより遅い予測開始時刻のシミュレーション(赤線)では実際の台風経路をよく再現しています。早い予測開始時刻のシミュレーションではNEXRAで予測している太平洋高気圧の張り出しが実際よりも弱く、台風の進路が北寄りになっていたと考えられます。台風の進路に関する研究は過去のNEXRAレポートやNEXRAを用いた研究論文(Nakano et al., 2023)をご参照ください。
様々な海面水温プロダクトで見た日本近海の海面水温
JAXAでは、海洋環境を監視するために、水循環変動観測衛星「しずく」(GCOM-W)やひまわり衛星などの衛星海面水温データを提供しています。しかし、衛星観測で分かるのは海の表面の状況であり、さらに雲域や強雨域ではデータが得られません。そこで、これらの衛星・現場観測データを3次元数値モデルの海洋シミュレーションと融合し、海中も含めた高精度の3次元解析プロダクトJAXA-RIKEN海洋解析(LORA)やJAXA/JAMSTEC 海中天気予報(JCOPE-T DA)の作成・提供を始めています。
まず、観測された海面水温の状況として、図3(左上)にアメリカ海洋大気庁NOAA(National Oceanic and Atmospheric Administration)による最適内挿海面水温OISST(Optimum Interpolation Sea Surface Temperature)による台風上陸前8月13日の海面水温および平年からのずれを示しています。OISSTデータセットによると、日本海や東北沖で海面水温が平年に比べて最大5度ほど高く、海洋熱波が発生している状態と言えます。しかし、図3上段中央、下段に示す他の海面水温データと比較すると、必ずしも傾向は一致せず、各プロダクトにはそれぞれ観測測器・手法や海面水温の推定手法、内挿手法の違いなど、様々な要因に起因する不確実性があることがわかります。実際、OISSTと各プロダクト間には最大2度程度の差があります。
JAXA-RIKEN海洋解析(以下、LORAという)は、このデータセット自体の不確実性を見積もることができる、アンサンブルデータ同化手法を用いているという特徴があります。ここで「アンサンブル」とは、わずかな違いを持つがそれぞれが独立したデータ(いわばパラレルワールド)の集合体を意味します。LORAは128個のアンサンブル(それぞれをアンサンブルメンバーと呼ぶ)を有しており、それらのばらつき(アンサンブルスプレッド)の大きさを見ることでデータセット自体の不確実性を推定できます(図3右上)。例えば、北海道南東沖などばらつきが大きい領域では、LORAデータセットのメンバー間で海面水温に1度ほど差があり、不確実性が高いことがわかります。平年より5度ほど高温であった日本海において、ばらつきは1度以下であり、日本海に平年よりも高い海面水温が分布していたことは確からしいと結論づけられます。
NEXRAで検討した日本海の海面水温の影響
台風は海からエネルギーを受け取り発達するため、海面水温が高いほど強い台風に発達する傾向があります。前述したように、8月13日において、日本海や東北沖で海面水温が平年に比べて最大5度ほど高く、海洋熱波が発生している状態でした。この海洋熱波が台風に与えた影響を調べるため、NEXRAを用いて、日本海の海面水温が高温である場合と、平年並みである場合、2パターンの大気の予測シミュレーションを特別に実施しました。この結果を比較し、予測される台風の特徴の違いを見ることで、高い海面水温が台風に与えた影響を考察することができます。結果として、日本海の高い海面水温は台風強度や水蒸気輸送に影響を与えることで、特に日本海側で多くの降水量をもたらしたことが明らかになりました(図4)。
本成果の詳細については、「台風第7号に対する平年よりかなり高い日本海の海面水温の影響」の記事をご参照ください。
おわりに
本記事では、衛星観測と数値シミュレーションを組み合わせた研究の一例として、NEXRAやLORAを用いて海面水温が台風に与える影響を考察しました。こうした研究により、衛星観測の特徴を活かしながら、衛星だけでは観測できない地球の情報を4次元的に得ることが可能になっています。
NEXRAは今後、水平空間解像度の向上やEarthCAREなど今後打ち上げられる衛星から得られる新たな観測値の同化といった高度化を実施していく予定です。新しい高度な衛星観測情報をシミュレーションモデルに融合することで、大気の状態をより精緻に推定することが可能になり、台風などの気象現象の理解や予測精度の向上に貢献できると期待されます。NEXRAやLORAをはじめとする衛星観測と数値シミュレーションを組み合わせた研究開発のこれからの発展にご期待ください。
なお、本レポートは、東京大学大気海洋研究所 松岸修平 特任研究員、佐藤正樹 教授、理化学研究所 大石俊 研究員 地球観測研究センター(EORC)のメンバーによって共同で作成しました。
<関連ウェブサイト>
- NICAM-LETKF JAXA Research Analysis (NEXRA)
JAXA・理研・東京大学が共同で開発している気象情報システム。2021年度にJAXAスパコンの換装に伴い、NEXRAが提供する気象情報が高解像度化され、より高分解能な気象情報を提供できるようになった。
https://www.eorc.jaxa.jp/theme/NEXRA/index_j.htm - JAXA-RIKEN海洋解析(LORA)
JAXA・理研が共同で開発している、アンサンブル海洋解析プロダクト。2023年3月にデータを公開開始。
https://www.eorc.jaxa.jp/ptree/LORA/index_j.html