利用研究

2025.06.18(水)

宇宙から天気をもっと正確に!ー「世界の気象リアルタイムNEXRA3」がリニューアル、新旧システムの性能比較(論文解説)

気象予報の精度を高め、激甚化する気象災害への対策に役立てるために、JAXAは東京大学、理化学研究所などの研究チームと共同で、地球全体の大気の状態を高解像度で再現・予測するための実験的な気象解析システムNICAM-LETKF JAXA Research Analysis(NEXRA(ネクスラ))の最新版「NEXRA3」を開発し、2024年7月にウェブページを公開しました。

本記事では、その科学的成果をまとめた最新の論文の内容を紹介しながら、スーパーコンピュータと人工衛星を活用して進化する気象解析の最前線をお伝えします。

NEXRA3のポイント

  • 予測精度が大幅に向上:同化パート(1年間分の解析)および予報パート(5日予報)で、前バージョン(NEXRA2)よりも精度が大きく改善されました。
  • 雲や降水のしくみをより現実的に再現:高解像度な大気モデルと新しい雲微物理スキームにより、降水量や分布の再現が向上しました。
  • 弱い雨の予測に強くなった:従来は難しかった“シトシト雨”などの再現性が高まり、実用的な降水予報が可能に。
  • 台風など極端現象への対応力アップ:2023年の台風第7号では、台風の構造や降水域をより正確に再現できました。
図1:「世界の気象リアルタイムNEXRA3」の表示例

実験室は地球全体-NEXRAとは何か?

NEXRAは、JAXAのスーパーコンピュータ(JAXA Supercomputer System:JSS)を用いて、地球大気の“今”と“これから”を高精度に再現・予測するためのシステムです。天気予報とは異なり、衛星全球降水マップ(GSMaP)などをはじめとする世界中の衛星観測データを取り込み、大気の状態を6時間ごとに更新しながら、未来の天気を5日先まで細かくシミュレートします。
その中核となるのが、2つの高度な技術です。

  • NICAM(非静力学正20面体大気モデル):地球を20面体で区切ることで、極域まで均一な精度でシミュレーションできる、日本発の気象モデル。
  • LETKF(局所アンサンブル変換カルマンフィルター):観測データとモデルを融合するための先進的なデータ同化技術。

この2つを組み合わせることで、NEXRAはリアルタイムに近い「大気の再現」と「予報」を同時に実現しています。

図2:NEXRA3のシステム概要

「NEXRA3」はどこがすごいのか?

NEXRAのこれまでの進化は段階的に行われてきました。初代のNEXRA1、次いで改良型のNEXRA2。そして今回登場したNEXRA3は、以下のような点で大きな進化を遂げることで、大きく精度が向上しました。

1.もっと細かく観測データを取り込む:解像度の飛躍的向上

  • 水平方向の解像度:NEXRAは地球全体を対象にシミュレーションを行います。シミュレーションの水平解像度は、同化パートでNEXRA2の112kmから、NEXRA3では56kmへ高解像度化。
  • 上下方向の層数:大気の鉛直層が、同化パート・予報パート共に38層(高度40kmまで)から78層(高度50kmまで)に拡張。地上から成層圏上部まで、高さ方向の構造がより精緻に表現できるように。

これにより、雲や降水などの現象をよりリアルに捉えることができます。NEXRA3で利用するシステムは、スーパーコンピュータ「富岳」に向けて開発したモデルを利用しており、様々な先進的な技術が導入されています。NEXRA2とNEXRA3の違いは、補足にまとめられています。

2.雲と雨のしくみを再現する:物理モデルの進化

従来の同化システムでは、雲や雨の動きはある程度“推定”に頼っていました。NEXRA3では「NSW6-Roh」と呼ばれる最新の雲微物理スキームが導入され、雲の中で水がどのように変化し、雨や雪になるかをより現実的に計算できるようになりました。
これに加えて、予報システムにおいて「積雲パラメタリゼーション」と呼ばれる手法をハイブリッドに利用することで、特に弱い雨の予測精度が飛躍的に向上。これにより、これまで過小評価されがちだった降水の空間分布もより自然になっています。

実際にどれだけ良くなったのか?

解像度を上げると、気象場がもっと正確にとらえられる

1年間にわたる同化パートのシミュレーション比較では、NEXRA3は気温、風、湿度、地上気圧など、ほぼすべての主要な気象要素で、旧バージョンのNEXRA2よりも正確な結果を出すことができました。特にジオポテンシャル高度(大気の“高さ”の情報)や湿度、風の精度は顕著に向上しました。

図:実際の気象場(JRA-3Q再解析データ)とNEXRA2, NEXRA3の気象場の比較。(左上)ジオポテンシャル高度(m)、(右上)気温(K)、(左下)比湿(g/kg)、(右下)東西風(m/s) の時間平均した二乗平均平方根誤差の1年平均の鉛直分布。縦軸は 1000hPa から 100hPa までの気圧レベルを表す。赤線は NEXRA2、黒線は NEXRA3 を示す。実線、点線、破線、破線はそれぞれ全球、北半球(北緯20度より北極点まで)、南半球(南緯20度より南極点まで)、熱帯(北緯20度から南緯20度まで)の平均値を示す。

台風の予測も一歩前進

2023年8月に日本を直撃した台風第7号(ラン)を例にした予報パートのシミュレーションでは、NEXRA3が台風の強さや構造、降水域の再現性で優れていることが確認されました。NEXRA2では、地上に接近する際に台風が急激に弱まるなどの誤差が見られましたが、NEXRA3では地表との相互作用や雲の構造がより現実に近づいています。

図:(左上)2023年台風第7号(ラン)の実際の経路(黒線、RSMC-Tokyoによる)とNEXRA2(実線)及びNEXRA3(破線)による予測経路。太線は 00Z、細線は 06Z、12Z、18Z を示す。(右上) 観測された台風第7号の中心気圧(黒、RSMC-Tokyoによる)、NEXRA2(実線)、NEXRA3(破線)に基づく中心気圧の時系列。各色はパネル(a)と同様に00Zの初期日付に対応する。(c)NEXRA2と (d)NEXRA3の同化解析から得られた2023年8月11日00時(UTC)の925hPaの海面気圧( 等値線 ; 4hPa間隔 )と風速(陰影; m/s)の水平分布。

次世代への展望:人工衛星とスーパーコンピュータがつくる未来の天気予報

NEXRA3は、気象庁の予報モデルとは一線を画す“研究解析システム”ですが、その進化は将来の天気予報の精度に大きな影響を与えます。特に、人工衛星による観測データ(GSMaPなど)を本格的に活用できるようになっている点は、今後のデータ同化研究にとって大きな一歩です。雲粒や降水粒子を予測するモデル構造により、衛星レーダ観測の同化にも対応可能となっているため、EarthCAREや将来の衛星ミッションで得られる観測データの利用も期待されています。
将来的には、1kmスケールの超高解像度での予報サイクル運用が目標とされています。これにより、豪雨や台風などの極端現象の発生と進路を、より精密に把握できるようになるでしょう。

まとめ

JAXAは、人工衛星による地球観測データの精度向上に関する研究と並行して、それらをスーパーコンピュータによる数値シミュレーションに融合し、両者の優れた点を最大限引き出すことで精度の向上を目指す研究開発を、大学等との連携で進めています。NEXRA3はそうした取り組みの結晶であり、気象解析・予測技術の最前線を走るシステムとなっています。NEXRA3による予報結果は、研究者や防災関係者に向けてJAXAのNEXRAポータル(NEXRA公式サイト)で公開されており、日々の予測データを誰でも確認することができます。また、地上の洪水予測や降雨予測を行う「Today’s Earth」や「GSMaP理研ナウキャスト」などの応用システムとも連携し、災害対策やインフラ計画への貢献も進んでいます。
今後もJAXAは、人工衛星による精度の高い地球観測データの提供と、数値シミュレーションへの融合を通して空のしくみをより正確に把握し、情報提供することで、私たちの暮らしの安全や持続可能な未来の実現に貢献していきます。次世代の天気予報は、すでに始まっています。

補足:NEXRA2とNEXRA3の違い

どこが進化した?NEXRA3の技術ポイント

システム NEXRA2 NEXRA3
NICAMのバージョン バージョン19.2 バージョン21.3
同化モデル
同化モデル解像度(水平方向) 112km 56km
同化モデル解像度(鉛直層) 38層(高度40kmまで) 78層(高度50kmまで)
雲物理モデル 凝結過程のみ NSW6-Rohスキーム
降水の扱い 診断型 予報型(雨・雪・霰等の粒子タイプを考慮)
積雲の扱い(積雲パラメタリゼーション) 予報型Arakawa-Schubertスキーム Chikira-Sugiyamaスキーム
予報モデル
予報モデル解像度(水平方向) 14km 14km
予報モデル解像度(鉛直層) 38層(高度40kmまで) 78層(高度50kmまで)
雲物理モデル NSW6スキーム NSW6-Rohスキーム
降水の扱い 予報型(雨・雪・霰等の粒子タイプを考慮) 予報型(雨・雪・霰等の粒子タイプを考慮)
積雲の扱い(積雲パラメタリゼーション) なし Chikira-Sugiyamaスキーム

記事で紹介した科学論文の出典

日本気象学会の学術レター論文誌「SOLA」2025年巻号に掲載。
論文タイトル:
Intercomparison of NICAM-LETKF JAXA Research Analysis (NEXRA) version 2 and 3
著者:
松岸修平1, Ying-Wen Chen1, 寺崎康児2,3, 八代尚4,3, 小槻峻司5,3, 金丸佳矢6, 山本晃輔7, 佐藤正樹1,8, 久保田拓志7, 三好建正3,9,10
1東京大学大気海洋研究所, 2気象庁気象研究所, 3理化学研究所 計算科学研究センター,
4国立環境研究所, 5千葉大学先端学術研究センター(IAAR), 6情報通信研究機構, 7. 宇宙航空研究開発機構(JAXA), 8横浜国立大学台風科学技術研究センター, 9理化学研究所・先導研究クラスター, 10理化学研究所 理論数理科学連携研究プログラム(iTHEMS)
DOI:
https://doi.org/10.2151/sola.2025-035

文責:佐藤正樹・松岸修平・吉岡真由美(東京大学大気海洋研究所)

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