利用研究

2022.09.05(月)

打ち上げから5年目を迎える「しきさい」
~雪氷環境編~

目次:
1. 「しきさい」が捉えた北極域・雪氷圏の急激な融解
2. 「しきさい」による急激な北極域環境の変動監視
2.1 「しきさい」による北極河川水温と川幅監視
2.2 「しきさい」によるグリーンランド氷床の暗色化監視
2.3 「しきさい」による雪氷面アルベドプロダクトの開発
3. 「しきさい」と地球システムモデル・極域気候モデルによる温暖化監視と将来予測
4. 「しきさい」による日々のオホーツク海氷監視
5. まとめ

1.「しきさい」が捉えた北極域・雪氷圏の急激な融解

近年の気候変動に伴う地球温暖化において、雪や氷といった雪氷圏はその兆候がいち早く表れることで知られています。融雪や海氷面積の減少のように、目に見える形で変化していくことから、地球温暖化のシグナルになっています。例えば、北極海の海氷面積は1970年代から人工衛星によって継続的にモニタリングされており、2012年には北極海氷面積が最小となるなど、近年の地球温暖化の証左の代表例として「地球が見える」でも頻繁に取り上げています。

>大気、陸、海洋観測に関する成果記事はこちらから<

地球温暖化の影響は、陸上の積雪分布にも表れていることがわかっています。「しきさい」プロジェクトの一環として実施された複数の衛星データを組み合わせた1979年以降の約40年に渡る長期解析の結果、北半球の陸上積雪面積は近年減少傾向にあることが明らかになりました(Hori et al., 2017、図1)。この減少傾向は北極域全域の年間を通じたどの季節においても見られており、地球温暖化の影響が如実に表れています。特にヨーロッパやアメリカにおける冬季積雪面積の減少が顕著であることがわかりました。一方で2000年代以降、カナダやアメリカにおいて、秋季の積雪面積が拡大傾向にあることも報告されており、季節や地域によって差があることが分かってきました。

図1 北半球における季節別の積雪被覆面積の変化。各季節で積雪被覆面積が減少傾向にあることが捉えられています。

雪氷は裸地や海面と比べて白く、太陽光を多く反射するため、雪や海氷の融解によって暗い地表面・海面が露出することで太陽光を反射する割合(アルベド)が低下することが知られています。ひとたびアルベドが低下すると、太陽光が地表面に吸収される割合が大きくなるため、雪や氷の融解が加速する「アイス・アルベド・フィードバック効果」がもたらされます。特に北極域では雪氷面積の減少によってこの効果が顕著に表れていることで温暖化傾向が大きくなっています。そのため、北極域における急激な温暖化をArctic Amplification(北極温暖化増幅)と呼んでいます。このようなフィードバック効果を理解する上で、雪や氷の分布を広域かつ継続的にモニタリングすることは、「しきさい」をはじめとした衛星地球観測において非常に重要なターゲットとなっています(図2)。実際、長期の複数衛星データセットから得られた積雪分布の情報は、気候変動に伴う地球環境の変化を具体的かつ正確に把握・予測することを目的に全球気候監視システム(GCOS)によって定められたECVプロダクト(Essential Climate Variable:必須気候変数)として登録されており、気候変動の理解へ貢献しています。

図2 雪氷圏の地球温暖化に対するフィードバック効果

近年では、年間を通じて雪や氷が存在するグリーンランド氷床においても、変化が大きくなってきていることがわかってきました。グリーンランド氷床は、南極氷床に次ぐ世界で二番目に大きな氷の塊であり、地球上に存在する淡水の約8%を保持しています。グリーンランドに存在する氷の量は、その全てが融解すると地球規模で海面の高さが約7.4メートル上昇する量に相当するため、その環境変化、特に氷床の質量の増減が注目されています。
気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第6次評価報告書では、グリーンランド氷床の質量は過去20年間にわたって減少していることが報告されています。また、このまま地球温暖化が進行した場合、不可逆性を伴うような大規模な変化を伴う転換点(tipping point)を迎えうるティッピング・エレメント(転換要素・tipping elements)の一つともされています(図3)。氷床の質量収支は、縁辺部で氷が海に流れ出る分と、降雪や融解による表面質量収支によって決まりますが、近年では表面質量収支が氷床質量の減少に大きく寄与していることがわかっています。そのため、氷床の融解や質量収支推定を目的とした領域気候モデルの研究開発が盛んになってきています。氷床の融解量を正確に見積もるためには、雪氷面のアルベドを正確に知る必要があります。そのため、「しきさい」も定常的にプロダクトデータを提供する「標準プロダクト」と並行して、研究要素を含む開発中のプロダクトである「研究プロダクト」として雪氷面アルベドプロダクトを公開しています。グリーンランド氷床のアルベドを低下させる要因としては、内陸部では積雪粒径の増大が、縁辺部においては積雪の融解によって現れる裸氷域、および裸氷域が鉱物粒子や雪氷微生物によって汚染された暗色域が大きく影響していることがわかっています。「しきさい」では浅層積雪粒径が標準プロダクトとして定常的に公開されているとともに、裸氷域・暗色域の分布も調べられており、急激な変化を示すグリーンランド氷床をはじめとした雪氷圏のモニタリングが行われています。また、領域気候モデルと連携することで、衛星観測によって得られた知見をモデル開発にフィードバックし、質量収支の推定精度の高度化を図っています。

図3 北半球における代表的なティッピング・エレメント。グリーンランド氷床の融解や北極海氷の減少、永久凍土やツンドラの減少は、今後地球温暖化が進行すると、その変化に歯止めがかからなくなることが懸念されています。

2.「しきさい」による急激な北極域環境の変動監視

2.1 「しきさい」による北極河川水温と川幅監視

「しきさい」の持つ250mの高い空間分解能と継続的な観測によって、北半球の代表的な河川水温のモニタリングをすることができるようになりました。これまでの研究で、長期的な北半球積雪面積の減少についてはわかってきていましたが、Hori et al. (2021)では、従来の積雪データセットと組み合わせることで、これまでの中分解能型の衛星では難しかった積雪の消失に伴う河川水温の変化(図4)や川幅の変化(図5)を、「しきさい」の高解像度の継続観測を活かして詳細に求めています。河川水による北極海への淡水流入は陸上の積雪面積の影響を受けて変化するだけでなく、淡水とともに供給される熱によって海氷厚が減少することが知られており(Park et al., 2020)、陸上積雪・海氷の相互的な理解に対して重要な役割を果たしています。

図4 「しきさい」による北極域における2018年4月から11月の河川水温の変化。白色で示される乾いた積雪、水色で示される湿った積雪や薄紫色で示される海氷の被覆が減少し、緑色の裸地や濃い青色の海面が広がっていくにつれて、オビ川、エニセイ川、レナ川、コリマ川、ユーコン川、マッケンジー川といった北極の代表的な河川の水温が上昇していく様子が捉えられています。黒色は雲や日陰域による衛星の欠測域を示しています。
図5 「しきさい」による北極域における2018年4月から11月の川幅の変化。図4と同様に、白色で示される乾いた積雪、水色で示される湿った積雪や薄紫色で示される海氷の被覆が減少し、緑色の裸地や濃い青色の海面が広がっていくにつれて、オビ川、エニセイ川、レナ川、コリマ川、ユーコン川、マッケンジー川といった北極の代表的な河川の川幅が、雪氷の融解に伴って拡大していく様子が捉えられています。黒色は雲や日陰域による衛星の欠測域を示しています。

2.2 「しきさい」によるグリーンランド氷床の暗色化監視

IPCC報告書において代表的なティッピング・エレメンツに数えられるグリーンランド氷床では、近年雪氷面アルベドの低下により急激に氷の質量が損失しています。「しきさい」プロジェクトでは、雪氷面アルベドの低下要因の解明のため、浅層積雪粒径を標準プロダクトとして、表面積雪粒径を研究プロダクトとして定義しており、グリーンランド氷床をはじめとした積雪粒径や裸氷域・暗色域のモニタリングを行っています(図6)。また、以前「地球が見える」でも紹介した通り、これらプロダクトの精度検証のための現場観測をグリーンランド氷床をはじめとした極域・雪氷圏で行っており、高精度なプロダクトの提供を目指しています(図7)。

図6 「しきさい」による2018年7月のグリーンランド氷床表面積雪粒径・裸氷域・暗色域の分布。氷床縁辺部における積雪粒径の増大や氷河末端・氷床南西部における裸氷域・暗色域の拡大の様子が捉えられています。
図7 グリーンランド氷床における雪氷検証観測の様子。左図はEGRIP国際観測拠点における検証サイト周辺、右図は雪面の光学特性を計測するJAXA/EORC島田研究開発員。

「しきさい」の雪氷アルゴリズム開発から得られた知見を活用して構築した2000年以降の長期的な衛星データセットを用いてグリーンランド氷床の7月の表面積雪粒径・裸氷域・暗色域分布を解析した結果、表面積雪粒径は2012年までは増加傾向、その後の数年間は大きな経年変動が示されています(図8)。雪氷面アルベドとの比較から、積雪粒径、裸氷域・暗色域面積は夏季融解期のアルベド低下に大きく影響していることがわかってきました。いずれも2012年を境に経年変化が大きくなっていることから、今後「しきさい」の観測データを加えた継続的な観測が大変重要になってきます。

図8 グリーンランド氷床における2000年から2020年7月の(a)表面積雪粒径、(b)裸氷域面積、(c)暗色域面積の変化とアルベドとの関係(d〜f)。表面積雪粒径や裸氷域・暗色域分布が雪氷面アルベドと強い相関があることが示されています。

2.3 「しきさい」による雪氷面アルベドプロダクトの開発

「しきさい」プロジェクトでは、雪氷面アルベドを高精度に推定するためのアルゴリズム開発が進められています。雪氷面アルベドは地表面のエネルギー収支を考える上でも基礎的かつ重要なパラメータであり、「しきさい」でも研究プロダクトとして位置づけられていますが、その科学的な重要性やニーズの高さから2021年11月からデータを公開し提供を開始しています。「しきさい」プロジェクトでは2種類のアルベドを求める手法が提案されており、グリーンランドや南極への適用をはじめとした継続的なパフォーマンス試験、検証、相互比較を実施し、さらなる高精度化を図っています(図9)。

図9 「しきさい」による2020年4月4日から4月22日の北半球における雪氷面アルベドプロダクトの例。低緯度の領域で雪氷面アルベドが低くなっていることがわかります。

3.「しきさい」と地球システムモデル・極域気候モデルによる温暖化監視と将来予測

「しきさい」による積雪分布や雪氷面温度は、長期的な環境変動の解析の他に、地球システムモデルの検証にも用いられています。海洋研究開発機構が将来的な温暖化予測のために開発している地球システムモデルでは、現在の気候の再現度合いを、衛星観測データを用いて検証しています。中でも雪氷の分布や表面温度は、アルベドや雪氷の融解を把握する上でも重要なパラメータであることから、詳細な雪氷の特徴を捉えられる「しきさい」のプロダクトは、将来的な温暖化予測の精度向上に欠かせません。 地球システムモデルよりもさらにターゲットを絞った極域気候モデル開発に対しても「しきさい」プロジェクトの成果が用いられています。グリーンランド氷床の表面質量収支を推定するために開発されたNHM-SMAPと呼ばれる極域気候モデルでは、長期の衛星データセットに基づく現実的な氷床の分布域を基礎データとして利用することで推定精度の向上が図られています。また、NHM-SMAPで推定された氷床融解域と「しきさい」や「しずく」などの複数衛星によって得られたグリーンランド氷床融解域との比較研究も進められており、さらなる精度の向上が期待されます(図10)。

図10 極域気候モデルNHM-SMAPと衛星観測の連携。左図はNHM-SMAPによるグリーンランド氷床上の雲や氷床環境の再現結果、右図は「しきさい」「しずく」を組み合わせたグリーンランド氷床表面融解域分布。

4.「しきさい」による日々のオホーツク海氷監視

 「しきさい」のデータは、科学研究としての利用に加え、現業機関でも有効に活用されています。例えばオホーツク海氷分布のウェブサイトでは「しきさい」によるオホーツク海周辺の観測画像(RGB合成画像およびオホーツク海氷分布プロダクト)を掲載しています。「しきさい」に加え、マイクロ波を観測する「しずく」による海氷密接度プロダクトも併せて掲載していますが、「しずく」によるマイクロ波観測は雲の下の海氷分布を把握することができる一方、空間分解能が粗いという特徴があります。「しきさい」は雲の影響を受けるものの、「しずく」に比べ高い空間分解能を持ち、多波長での観測が可能です。そのため、人間の目で見た際と同じような画像や、人間の目には見えない赤外線の情報を付加して雪氷を強調した画像、また多波長観測によって得られた情報から「しきさい」プロジェクトを通じて開発された、地表面分類アルゴリズムを介して得られた積雪海氷分布の情報を得ることができます。これら高解像度・多波長の観測を活かした情報を、複数の衛星データと併用することで、日々の詳細な海氷の分布を把握することができます。これらの観測データは海氷シーズンである毎冬季に日々更新され公開されています(図11)。このようなデータは、海上保安庁の海氷情報センターが公開している海氷速報の作成に活用されており、安全な船舶航行のための基盤情報となっています。

図11 オホーツク海氷分布モニタリングページの例。左パネルから「しきさい」「しずく」をはじめとした各種観測画像が選択でき、多角的な視点からオホーツク海氷の分布を観察することができます。

5.まとめ

全球的な気候変動において、雪氷圏の変動は雪氷の消失・融解といった形でいち早くその影響が表れています。人工衛星による広域かつ継続的な観測は、変化の激しい雪氷圏の変動をモニタリングする上で非常に有効かつ重要です。これまで、40年以上に渡って光学センサによる継続的な観測が行われ、気候変動という比較的長い時間スケールでの変動が捉えられるようになった一方、グリーンランド氷床のように近年変動が激しくなってきている対象も存在しています。「しきさい」はこれまで広く用いられてきた中分解能型の光学センサであるAVHRRやMODISと比較して、空間分解能が大きく向上しており、詳細な解析をすることができます。そのため、「しきさい」の観測データを従来のデータセットに接続することにより、詳細な地域性を加味した解析を継続的に行えることが期待されます。さらに、気候学的な観点から考えると、平年値として定義される30年分の均質なデータセットを作成することが不可欠であり、単一センサの継続的な運用だけではカバーしきれません。特に近年の急激な雪氷圏変動を含んだデータセットを構築するためには、現行の「しきさい」が基幹衛星となり、その性能を引き継いだ後継ミッションによる確実なデータの取得および長期的なデータセットの構築が望まれます。

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