利用事例

2024.01.15(月)

人文社会学での地球観測衛星データ利用(第2回)

社会経済学などの専門家による地球観測データを利用した研究を紹介する本シリーズ第2回では、交通インフラ整備によってもたらされる経済や大気汚染への効果について取り上げます。
本研究は第1回目と同様に、九州大学大学院工学研究院の馬奈木研究室との研究です。

交通インフラ整備による経済・大気汚染への効果の地域的偏りについて

-はじめに-

世界中で見られる高速鉄道(HSR)や高速道路の発展は、経済成長を促進し、交通渋滞の緩和や鉄道利用の増加を通じて大気汚染を軽減することで、人々のウェルビーイングを高める可能性を持っています。日本の新幹線の開通を皮切りに、東南アジア、南米、アメリカなど世界各国で高速鉄道の整備が進んでいます。これらの整備が進むことで、地価の上昇、所得の増加、産業構造の変化、雇用の創出など、多方面から都市の発展に貢献することが期待されています。しかしながら、このような経済的および環境的な利点が、異なる地域において均等に実現されているかは確かではありません。この研究では、高速鉄道や高速道路の拡張によってもたらされる利益に生じる地域間の格差に焦点を当てています。具体的には、まず、(1)交通インフラの拡張が経済に与える影響、(2)それが大気質に与える効果を探求し、最終的には、(3)これらの利益が各地域間で均等に分配されているかを検討します。

本研究では、JAXAの陸域観測技術衛星「だいち」(ALOS)、「だいち2号」(ALOS-2)から得られた、「全球数値標高データ」と「土地利用土地被覆図」を基に、仮想の新幹線・高速道路ネットワークを構築しました。このネットワークを用いて、高速鉄道による経済効果とその地域格差を調査しました。なお、本研究成果は、2023年12月にTop 3%のジャーナルであるTransportation Research Part D: Transport and Environment誌に掲載されました。

(1) 交通インフラの拡張を測る

まず、交通インフラ(本研究では、高速鉄道、高速道路、在来線など)の拡張を定量的に計算するため、各市区町村の移動力に依存した指標であるマーケットアクセス(MA)を計算します。MAとは「地理的位置を考慮した需要」を指し、市場の潜在力を測る指標です。本研究では、各市区町村の人口に市区町村間の移動時間を基にしたコストと各交通手段による運賃をかけ合わせることで算出しました。より実際的な指標を作るため、在来線から高速鉄道駅からの乗り換え時間(例:在来線駅から新幹線駅までの徒歩など)や追加運賃を考慮しています。構築されたMAにより、様々な交通インフラが与える移動力向上効果を測ることができます。また、路線配置と経済的要因が相互に関係しあう内生性に対処するため、操作変数法を採用し、地理条件から建設コストが最小となるよう構築した仮想新幹線ネットワークから計算されるMAを操作変数として用いました。交通インフラから経済・環境への因果効果の特定には、地理的な要因のみを考慮した建設費用を最小にする交通ネットワークの利用が効果的であることがわかっています。最小コストによって構築されたネットワークはLCPネットワークと呼ばれます。下図には、実際のネットワーク(Actual Network)とLCPネットワークを合わせて示しています。

図1 「全球数値標高データ」「土地利用土地被覆図」より交通インフラの仮想新幹線ネットワークを構築(左:高速鉄道、右:高速鉄道)

(2) 交通インフラの拡張による経済と大気汚染の地域差

本研究では、交通インフラによる経済指標上昇(所得で測定)と、大気汚染の減少を計算しています。しかし、交通インフラがもたらす経済と環境上の利益に大きな地域間格差があることが分かりました。まず、経済効果に着目すると、東京エリアでは、高速鉄道と高速道路の両方の影響により、所得が約42.71%増加した一方で、メガシティ(名古屋、大阪)、コア地域(北海道、仙台、広島、福岡)、その他の地域ではそれぞれ5.27%、4.38%、4.64%の増加に留まっています。また、環境的には、東京エリアでは浮遊粒子状物質(SPM)レベルの減少が最も顕著に表れており、35年間で14.36%の減少を経験しています。それに対して、他の都市は約1%の減少にとどまっています。全国的なスケールで見ると、これらの変化は比較的小さくなっていますが、これはコア地域とその他の地域が対象地域の75%以上を占めるためです。

この研究結果は、高速鉄道と高速道路の整備が都市に多くの利益をもたらす一方で、それが地域間の経済的、環境的格差を助長する可能性があることを示唆しています。今後の計画では、これらの正の影響を理解し、意思決定に役立てることが重要ですが、同時に潜在的な負の影響にも注意が必要です。これにより、全ての地域がバランスよく発展することを目指すべきでしょう。

図2  1985~2019年の地域別総所得/SPMにおけるMAによる収入(Panel (A))とSPM(Panel (B))の変化

(3) 地域差を解決するためには

本研究では、交通インフラからのベネフィットが東京に集中していることを踏まえ、より均等な交通インフラ建設費用の分配案を考案しました。 交通インフラからのベネフィットを計算する際には、大気汚染の減少による環境ベネフィット(Value of statistical lifeに基づいた健康改善のベネフィット)と、収入の上昇をベースとした計算になっています。
費用分配のシナリオとして、以下の2つの主要なシナリオを検討しました。

  • 国家コストシナリオ(現行の建設財源スキームに準拠)
    このシナリオでは、建設費の3分の2を日本国民が負担し、新たなインフラ構築時には各都市部の住民が残りの3分の1を負担します。このシナリオでは、便益は主に都市部に有利であり、他の地域には不利です。
  • 受益者負担シナリオ(仮想)
    国のコストシナリオと東京都全体のコストシナリオとのバランスをとり、地域ごとの利益シェアに応じて、総利益に対するコスト負担を再配分します。このシナリオでは、地域格差は国家コストシナリオと比較して減少します。特に、このアプローチは、すべての地域がポジティブな利益を得ることを保証しますが、これは前述のシナリオでは観察されなかった明確な結果です。
シナリオ1 全国 東京 Megacities Cores Others
環境ベネフィット 817.6 1992.9 343.1 182.5 394.2
経済ベネフィット 4701.2 7504.4 5810.8 3533.2 2430.9
建設コスト 3219.3 2336 2839.7 3744.9 3890.9
合計 2292.2 7161.3 3314.2 -36.5 -1065.8
シナリオ 2 全国 東京 Megacities Cores Others
環境ベネフィット 817.6 1992.9 343.1 182.5 394.2
経済ベネフィット 4701.2 7504.4 5810.8 3533.2 2430.9
建設コスト 3219.3 5540.7 3591.6 2168.1 1649.8
合計 2292.2 3956.6 2562.3 1547.6 1175.3
表 1 シナリオごとの一人当たりの便益とコスト(アメリカドル)

交通インフラ事業は経済・環境の成果に長期的な影響を及ぼすため、国の進歩と地域の公平性をともに促進する政策を形成するためには、こうしたシナリオへの慎重な検討が不可欠です。これにより、全ての地域がバランスよく発展することを目指すべきでしょう。

本研究で分かったこと

本研究を通じて、以下の重要な点が明らかになりました。

1.経済と環境の利益における地域間格差: 高速鉄道や高速道路の整備が経済成長や大気汚染の軽減に貢献している一方で、これらの利益は地域によって大きく異なります。特に、東京エリアでは顕著な経済的利益と大気汚染の減少が見られるのに対し、他の地域ではこれらの利益が限定的であることが示されました。

2. インフラの拡張と地域経済: 交通インフラの拡張は、所得増加、産業構造の変化、雇用創出など、多方面にわたる都市の発展に寄与しています。しかし、この発展は地域によって不均等に分配されており、一部の地域でのみ利益が集中している状況が確認されました。

3. 交通インフラ建設費用の分配: 交通インフラの建設費用に関する異なる分配シナリオを検討した結果、現行の建設財源スキームに準拠した国家コストシナリオでは、開発地域に利益が集中する一方で、その他の地域には不利益が生じていることが判明しました。対照的に、受益者負担シナリオでは、地域間の不均衡を緩和し、より均等な利益分配が可能であることが示唆されました。
この研究は、交通インフラ事業が経済と環境に与える影響を考慮し、国と地域の公平性を促進するためには、各シナリオの慎重な検討が不可欠であることを示しています。将来の計画では、これらの正の影響を最大限に活用するとともに、潜在的な負の影響にも注意を払う必要があります。総じて、この研究は、交通インフラの整備が経済成長と環境改善に寄与する一方で、その利益が地域間で不均等に分配されている現状を浮き彫りにし、今後の政策立案においてこれらの課題に対処するための重要な指針を提供しています。

論文名: Economic and air pollution disparities: Insights from transportation infrastructure expansion
著者名:Sunbin Yoo1、熊谷惇也2、川崎航平2、Sungwan Hong3、張 冰琦1、 馬奈木俊介1 (1 九州大学工学研究院 2 福岡大学経済学部 、3ペンシルベニア州立大学経済学部)
雑誌名: Transportation Research Part D: Transport and Environment

DOI: https://doi.org/10.1016/j.trd.2023.103981

公表月:2023年12月

URL: https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1361920923003784

最新情報を受け取る

人工衛星が捉えた最新観測画像や、最新の研究開発成果など、
JAXA第一宇宙技術部門の最新情報はSNSでも発信しています。