利用事例

2023.11.29(水)

人文社会学での地球観測衛星データ利用(第1回)

COVID-19発生以降、JAXAでは社会経済学などの専門家による地球観測データを利用した委託研究を実施しています。多様な経済活動の評価など、経済データや衛星データを複合的に分析するとことで、新しい経済価値の創出を目指しています。
そこで、これまで行われてきた研究成果についてシリーズにて紹介していきます。第1回目は九州大学大学院工学研究院の馬奈木研究室との研究である、衛星データを活用した高速鉄道による経済効果についてです。

鉄道の正負の側面:高速鉄道による経済効果と地域格差

-はじめに-

高速鉄道は日本における新幹線の開通を皮切りに、世界各国で発展を遂げてきました。また、今後も東南アジアや南米、アメリカといった国々で高速鉄道の整備が計画されています。高速鉄道が拡大すると、地価や所得、産業構造、雇用等様々な観点から都市に発展をもたらすことが示唆されています。今後、高速鉄道の整備が計画されている地域では、こうした高速鉄道による正の影響を十分に把握し意思決定することが重要ですが、一方で、高速鉄道には経済的な地域格差を助長する可能性、つまり「負の影響」も指摘されています。今回の記事では、JAXAの陸域観測技術衛星「だいち」(ALOS)、「だいち2号」(ALOS-2)から得られた、「全球数値標高データ」と「土地利用土地被覆図」を基に仮想の新幹線ネットワークを構築し、それを用いて高速鉄道による経済効果とその地域格差を調査しました。
なお、本研究成果は、2023年3月にTransport policy誌に掲載されました。


1 論文情報
論文名:Double-edged trains: Economic outcomes and regional disparity of high-speed railways(鉄道の正負の側面:高速鉄道による経済効果と地域格差)
著者名:Sunbin Yoo1、熊谷惇也2、川崎航平2、Sungwan Hong3、張 冰琦1、島村拓弥2、馬奈木俊介1 (1九州大学都市研究センター、2九州大学大学院工学研究員、3ペンシルベニア州立大学経済学部)
雑誌名:Transport Policy
DOI:https://doi.org/10.1016/j.tranpol.2023.01.016
公表月:2023年8月
URL:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0967070X23000227

図1 「全球数値標高データ」「土地利用土地被覆図」より仮想新幹線ネットワークを構築

(1)   マーケットアクセスの構築

高速鉄道は人口や経済規模が大きい都市に優先的に開通する傾向が強いため、高速鉄道と経済効果の因果関係の特定には内生性への対処が重要となります。また、多くの既存研究では、路線が開業した地域を処置群、それ以外の地域を対照群として開業効果を測定する差分の差分法(DID)という手法が用いられています。しかし、対照群に分類される地域でも近隣地域の路線開業から整備効果を享受できる場合があり、推定値にバイアスが生じることが指摘されています。

これらの課題を踏まえ、本研究ではDonaldson and Hornbeck(2016)が定式化した「マーケットアクセス(MA : Market Access)」という指標を利用しました。MAとは「地理的位置を考慮した需要」を指し、市場の潜在力を測る指標です。本研究では、各市区町村の人口に市区町村間の移動時間を基にしたコストをかけ合わせることで算出しました。この指標により、高速鉄道開業の他地域への間接的効果を評価しています。また、路線配置と経済的要因が相互に関係しあう内生性に対処するため、操作変数法を採用し、操作変数として地理条件から建設コストが最小となるよう構築した仮想新幹線ネットワークより得られたMAを用いました。図2は、1983年から2020年までの日本の全市区町村のMAの増加率です。色が濃いほどMAが大きく増加しており、新幹線が整備された地域とその周辺で増加率が大きかったことが分かります。

図2 1983年から2020年までの新幹線ネットワーク整備によるMAの変化

(2)   新幹線整備における地価上昇効果と地域差

本研究では、高速鉄道ネットワークによるMAの増加がもたらす経済効果を推定するため、主な被説明変数として地価を採用し、都道府県や年度、市区町村、地理的位置の固定効果を含めた回帰分析を行いました。そして、4つの地域カテゴリ(「東京」、「三大都市圏」、「地方中枢都市圏」、「その他の地域」)と全国平均に分けて効果の推定を行うことで、経済効果の地域差を分析しました。その結果、まず全国平均として、MA1%の増加が0.176%の地価の増加をもたらすことが示されました。また、地域別にみると、東京や三大都市圏、地方中枢都市圏にのみ発生し、その他の地域では有意な効果が生じていませんでした。以上より、新幹線整備による経済効果には地域格差が存在していることが示されました。

(3)   反実仮想シミュレーション

最後に、今後の新幹線整備計画(リニア中央新幹線、西九州・北陸・北海道新幹線)の経済効果について、反実仮想シミュレーションを行うことで経済効果を評価しました。まず、リニア中央新幹線の整備については、東京や三大都市圏に大きな効果をもたらす一方で、その他の地域には正の経済効果をもたらさないことが示されました。次に、地方における各種新幹線路線の拡張に関しては、地方中枢都市圏の地価上昇効果をもたらすことが分かりました。以上より、将来の新幹線整備は都市圏のみに経済効果をもたらし、地域格差の拡大につながる可能性が示されました。

図3 シナリオ別MA増加の様子
(左:リニア中央新幹線、中:地方路線の拡大、右:両計画)

(4)   本研究で分かったこと

今回の研究では、高い精度と解像度で地形や土地利用を表現することができる「だいち」を活かすことで、日本における高速鉄道(新幹線)の拡大に伴う経済効果とその地域差について調査を行いました。調査の結果得られた示唆は大きく以下の3つです。

  • 高速鉄道は国平均では地価の増加をもたらすこと
  • 高速鉄道整備による地価への効果は大都市に偏りがあること
  • 今後の日本の鉄道整備計画においても、都市圏とそれ以外の地域の経済格差を助長する可能性があること

既往研究で課題とされてきた内生性に対処し、各路線に対してではなく、全国規模の高速鉄道拡大を解析し、その直接・間接的効果の地域差を示した本研究は、高速鉄道の正負の影響を理解する上で重要であり、将来の世界各国の高速鉄道整備計画の意思決定の参考として活用されることが期待されます。また、獲得できるデータの性質によっては、今回の手法を活用してより細かい産業構造や環境面の指標に与える影響についても分析することが可能であり、今後の更なる成果が期待されます。

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