利用研究

2023.08.02(水)

衛星観測と数値シミュレーションの融合で陸面水循環の姿を”確率的”に再現
~全球アンサンブル水循環シミュレーション「TE-Global NEXRA」を公開しました~

近年、地球温暖化に伴う極端な気象現象の増加が、様々な研究から指摘されています。特に、地球における水の循環の変化は、洪水や干ばつといった形で、地上に暮らす私たちの生活にも大きな影響をもたらします。これらの変化に適応し、安全な社会を築いていくためには、コンピュータ上での精度の高いシミュレーションに基づき、事前にどのようなリスクがあるかの識別を行う必要がありますが、精度向上が目覚ましい昨今であっても、日々の天気予報が必ずしも正確でないことからもわかるように、コンピュータ上で再現される地球の姿には必ず不確実性が含まれています。
JAXAではこうした課題に対して、地球の姿を再現するシミュレーションの精度の向上や、わかりやすいリスク情報の提供を目指した研究開発を進めています。その際、衛星をはじめとする観測データと数値シミュレーションを融合し、両者の有効性を最大限に引き出すことが重要になるため、数値シミュレーションや観測データ利用に知見を持つ様々な大学や研究機関とともに共同研究を行っています。本記事では、これまで開発を進めてきた二つのシミュレーションシステム「NEXRA」と「TE-Global」、そしてそれらを組み合わせ新たに開発したシステム「TE-Global NEXRA」についてご紹介します。

「NEXRA(大気)」と「TE-Global(陸域水循環)」、そしてその融合へ

NEXRA(NICAM-LETKF JAXA Research Analysis)とは、衛星全球降水マップ(Global Satellite Mapping of Precipitation; GSMaP)をはじめとする複数の観測データを、データ同化という手法で数値気象モデルに融合したシステムで、最長5日先までの気象予測を行い、降水量や風速など大気の状態を表す主要な変数をウェブページから公開しています。NEXRAではデータ同化を行う際に、観測と数値モデルの双方に含まれる誤差をうまく組み合わせてアンサンブルメンバ(存在する可能性のある複数の地球の状態)を作成し、そのそれぞれの状態から将来予測を行っていることも特徴です。これにより、気象状況やリスク情報を決定論的(結果が一意になる)にではなく、確率的(現象が起こる確からしさを示す)に表現することが可能で、一般的には良い予測結果が得られるとされています(詳細記事はこちら)。 またJAXAでは、気象(大気)現象のみならず、私たちが暮らす陸上の水循環変化についても、衛星データを活用したシミュレーションを行っています。Today’s Earth – Global (TE-Global)は、時々刻々変化する気象状況に応じて陸上の水・エネルギーフラックスを計算するシステムで、全球の河川流量や土壌の水分量の推定結果をウェブページから公開しています(詳細記事はこちら)。
今回、「NEXRA」の128の気象アンサンブルメンバの解析値を「TE-Global」の水循環シミュレーションの入力として用いることで、全球陸域でのアンサンブル水循環シミュレーション「TE-Global NEXRA」が実現し、データ及びウェブページの試験的な公開を開始しました。TE-Global NEXRAでは、各アンサンブルメンバのシミュレーション結果の平均を求めることで、1つのメンバで行うシミュレーションに比べ誤差が低減される効果や、メンバ間のばらつきからシミュレーションの信頼度を推定できるようになることが期待されます。このような全球陸域のアンサンブルシステムは世界的に見てもまだ例が少なく、今後も改良や検討を重ねていく予定ですが、ここでは本システムで現状どのようなことがわかるのか、いくつかの事例を紹介します。

事例①:日本での線状降水帯に伴う大雨(2023年6月)

2023年6月に西日本と東日本の太平洋側で相次いで発生した「線状降水帯」などによる大雨により、日本各地で大きな被害が出ました(GPM主衛星による観測はこちら)。政府はこれによる災害を「激甚災害」に指定する見込み(6月27日付発表)と発表しています(参考:内閣府ウェブページ)。
図1に示す気象庁の解析雨量の時間変化をみると、四国、近畿、中部、関東地方など、広い範囲で激しい降水が観測されていたことがわかります。NEXRAではこの降水量をどのように推定していたのか、特に大きな被害が出た和歌山県~愛知県を含む図1の黒枠領域の平均雨量の推移を見てみましょう(図2)。TE-Globalに入力しているNEXRAの解像度は全球112km格子・6時間毎のため、128アンサンブルメンバの平均値と解析雨量の値と比較すると、ピークや細かな変動はとらえられていませんが、それでも日本域周辺のメソスケールの現象をある程度再現できていることがわかります。また、図2右の図中で複数の色付きの線で描かれているものが、それぞれのアンサンブルメンバによる降水量です。128のアンサンブルメンバの値が近い値を示すのか、それともばらつくのかということが新たな情報を与え、これらの類似点や相違点を用いることで、推定結果の確からしさや現象の特異性を調べることが可能になります。

図1 気象庁解析雨量による日本時間2023年6月1日午前9時~3日午前9時までの降雨量の変化(図中の時刻はUTC)。
図2 図1中の四角で囲われた領域における平均雨量の時間変化(期間は図1と同じ)。(左)気象庁解析雨量、(右)NEXRAによる解析値(色付き線は128のアンサンブルメンバから14メンバをランダムに選んで描画したもの、黒太線は128アンサンブルメンバの平均値)。

事例②:オーストラリアでの洪水(2022年11月)

TE-Global NEXRAでは、このような降水量データを含むNEXRAのアンサンブル気象データをTE-Globalに入力として用いることで、ばらつきを加味した全球陸上の水循環の推定を行うことができます。ここでは、2022年にオーストラリアで大きな被害が出た洪水の事例について紹介します。
図3右は、NASAのTerra衛星搭載MODISセンサが観測したニューサウスウェールズ州(州都シドニー)での洪水の様子です(詳細記事はこちら)。このとき、一部地域では4日間の降雨量が平年の約8カ月分にのぼったとの報告もあり、甚大な洪水が起こっていました。図中では、中央周辺に黒色で示される洪水域が、広範囲に分布していることが確認できます。図3左は、右の衛星観測と同時刻にTE-Global NEXRAが推定したオーストラリア全域の氾濫面積割合(アンサンブル平均値)の分布です。黒枠内が右図の観測領域に当たりますが、広い範囲で観測された洪水域と整合的な結果が得られています。
また、図4は、同領域における平均的な氾濫面積割合の時間変化ですが、9月から11月にかけて値が急激に増加していることがわかります。地球を周回する衛星観測では、再び同じ場所を観測するために決まった日数(回帰日数)を要しますが、数値モデルによるシミュレーションでは時空間的に途切れのない情報が得られるため、このような変化を捉えられるのも利点の一つです。また、図中には灰色の帯が描画されていますが、これは図2右のような各アンサンブルメンバの推定値から求めた25~75パーセンタイル値を示しており、推定された氾濫に関してシミュレーションのばらつきを含めた時間的推移を把握することができます。このような時系列グラフを描画する機能の一部は、公開ウェブページの表示インタフェースにも実装されており、どなたでも簡単にご利用頂けます。

図3 (左)TE-Global NEXRAが推定した2022年11月18日の氾濫面積割合(モデル格子面積に対し、浸水していると推定される面積の割合)。(右)Terra衛星搭載MODISセンサが同日時に観測したオーストラリア・ニューサウスウェールズ州の洪水の様子(左図の黒枠領域に相当)。
図4 TE-Global NEXRAが推定した、図3右で図示した領域の平均的な氾濫面積割合の時間変化(2022年6月~2023年6月)。薄い灰色帯の上端・下端はそれぞれ128アンサンブルメンバの75・25パーセンタイル値、中央の黒線は128アンサンブルメンバの平均値。パーセンタイル値は、データを小さい順に並べた時の値の順位をパーセント表示で表したもの(75パーセンタイル値は全体を100としたときに小さいほうから75番目の値を示す)。

より高度なリスク情報の提供に向けて

TE-Global NEXRAは、このようにシミュレーションのばらつきを考慮しながら、陸上の水に関する様々な物理量のモニタリングを可能とするシステムです。入力となるNEXRAデータの128アンサンブルメンバから推定した物理量の平均を求めることで、単一メンバのシミュレーションに比べ誤差が低減され、さらにメンバ間のばらつきからシミュレーションの信頼度も推定することができます。現状はリアルタイムから数日遅れでの運用となっていますが、今後、本システムを元にアンサンブル予測を行うことで、将来のリスク情報を信頼度付きで表現できるよう、改良を重ねていく予定です。JAXAは、今後も大学等の共同研究機関と連携し、衛星観測データと数値モデルの融合を通じて、より高度なリスク情報の提供を目指し、研究開発を継続していきます。

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