利用事例
2023.03.30(木)
農業生産、作物生育状況、食料供給への貢献
~環境が世界の穀物需給に与える影響について~
衛星観測技術の進歩によって、人類がより豊かに暮らすための研究データが蓄積しつつあり、気候変動や地球温暖化などをより適切に予測することができるようになってきました。2020年以降、欧州宇宙機関(ESA)、宇宙航空研究開発機構(JAXA)、米国航空宇宙局(NASA)は三機関合同ダッシュボードを構築し、それぞれの衛星データを組み合わせ、その結果を公開することで、地球上の人々の生活の質を向上させて守るための取り組みを行っています。
農業生産、作物生育状況および食料供給に関する知見を提供することは、地球観測衛星によって得られる情報の中で最も影響力のあるものの1つです。取得したデータから得られる情報は、食料品店で支払う価格、地方自治体から世界規模までの政策実施、そして世界中の食料安全保障に影響を与える可能性があります。衛星データは、現在および近い将来の食料や商品作物の生育状況を示すだけでなく、農業のレジリエンスを支援するため、気候変動の長期的傾向と食料供給への影響を研究するためにも使われています。
COVID-19のパンデミックやロシア-ウクライナ間の不安定な情勢など、世界的危機にある昨今、食料システム(食料生産、加工、保存、流通などを含む)のグローバルな相互連関性が注目されています。世界の食料供給に対するこれらの混乱は、主要生産国と主要輸入国(それゆえに食料不安に最も脆弱な国)の両方に対する、グローバルな農業モニタリングの重要性を示しています。食糧安全に関する国際協調の重要な例として、G20 農業市場情報システム(AMIS)の要請に応えて開発された G20 GEOGLAM Crop Monitorがあります。このCrop Monitorは、市場の透明性を支援するために、作物の状態に関するオープンでタイムリーな科学的根拠に基づく情報を提供しています。GEOGLAM Crop Monitor イニシアティブは、NASA Harvest Consortiumと米国の諸機関、JAXA、ESAと欧州の諸機関、世界中の農務省など、世界の農業コミュニティと各国の宇宙機関によって支えられています。このイニシアティブは、AMISが監視対象としている4種類の主要作物(小麦、トウモロコシ、コメ、大豆)の主要生産国および貿易国、さらに食料不安のリスクが最も高い国およびその主要主食作物に焦点を当て、作物の生育状況や状態、世界的生産に影響を与える可能性のある農業気象要因について、複数の情報源を用いた国際的で統一された評価を行っています。
なぜ農業生産を観測するのか?
紛争、悪天候、環境異常などの非常事態は農業生産にとっての脅威であり、食料システムに打撃を与える可能性があります。そのため衛星データによって得られる、アクセス可能で透明性が高く、タイムリーでグローバルな情報を持つことが非常に重要となります。例えば、衛星データの情報によると、2022年4月末時点で小麦とコメの生産は概ね良好であり、トウモロコシと大豆は良いところもあれば悪いところもある、ということが分かります。また、北半球では冬小麦はほとんどの地域で耕作期でなく、ヨーロッパ、ウクライナ、米国では生産がやや心配される地域もあることが分かっています。南半球のアルゼンチンおよびブラジル南部では、トウモロコシについては良好とそうでないところが混在している状況です。コメはベトナムとブラジルを除くほとんどの国で良好な状態ですが、大豆はアルゼンチンとブラジル南部で良/不良が混在している状態です。衛星データは、特に地上からのアクセスが危険であったり制限されていたりする時間帯や場所での作物の状態を定期的に監視するのに役立っています。
何を観測するのか
衛星を利用することで、私たちは生育期を通して作物を監視することができます。また、衛星から得られる時系列データを組み合わせることで、特定の地域や作物の生育状態に関する指標を長期にわたって定量化することができます。そのような衛星プロダクトの一例として、GEOGLAM-NASA Harvest Agrometeorological (AGMET) 地球観測指標があります。これは世界中のリモートセンシングコミュニティによってサポートされ、ユーザーに最新の情報を提供するために7~12日ごとに更新されています。AGMET指標は農業生産に影響を与える気候、環境、植生の値を表示するもので、農業関係者の「作物の生育状態を簡単に視覚化し、頻繁に監視する方法」へのニーズから生まれたものです。生育期が進むにつれ、食料不足になる前に作物に潜在する懸念を特定することが最終目的です。衛星データは、このようなニーズに応えるために、以下のような豊富な情報を提供しています。
農業気象
(1) 正規化植生指標(NDVI):作物の生育状態を測定
正規化植生指標(NDVI)はリモートセンシングデータから算出されるシンプルな指標の一つであり、観測対象の植生が活性化しているかどうかを判定します。作物の生育に伴ってNDVIの値は増加し、作物が完全に成長し成熟期に達するとピークとなり、その後作物が成熟し作物が枯れ始めると再び減少します。シーズン中のNDVI値の推移や個々のピーク値は、作物の生産性を予測したり、前シーズンと比較したりするのに役立ちます。
(2)地表の土壌水分:地面に蓄えられ、作物が利用できる水分量の測定
NDVIと同様に、土壌水分も作物生産に重要な要素であり、衛星データ(ESAのSMOS、JAXAのGCOM-W、NASAのSMAPなど)を使って測定することができます。土壌中の水分量は、衛星データによって測定できる気象条件(降水量、気温など)のほか、日照、風、流入・流出、土壌の種類にも左右されます。土壌中の水分が少なくなれば作物の根がその水分を取り込むことが難しくなり、結果として作物はより大きなストレスを受けることになります。そのストレスが続くと、作物はしおれ、やがて枯れてしまいます。しかし土壌が圃場容水量を超えて間隙が水で過飽和になると、酸素濃度が制限され、作物にとって有害となることがあります。そのため土壌水分は、最終的に作物の出来・不出来を決める重要な指標となっています。
上記は衛星ミッションが提供できるプロダクトの数例ですが、情報そのものと同じくらい重要なのは、その情報をどのように分析し、応用するかということです。衛星データは全球をカバーしており観測頻度も高く再現性があるため、世界中の食料安全保障問題、気候変動の影響、農業生産についての調査が可能となっています。
WorldCerealイニシアティブ
WorldCerealは、農業生産最適化のために世界の農業コミュニティへ寄与することを目的としたグローバルな研究開発プロジェクトです。衛星データ、主に欧州のコペルニクスプログラムのセンチネル衛星による時系列データを活用することによって、地球規模で前例のないダイナミックな作物モニタリングが可能となります。WorldCerealでは、システム実証にてトウモロコシ、小麦、コメを対象として、グローバルな食料安全保障の課題に貢献することを目指しています。トウモロコシ・小麦・コメは、世界で最も広く栽培されている穀物であり、世界の食料カロリー供給の42.5パーセントを占めると推定されています(FAO)。
WorldCereal は、正確でグローバルかつ季節ごとに更新される農地面積、作物タイプ、および灌漑マップ(灌漑農地か非灌漑農地か)を示すシステムを提供するだけでなく、コミュニティが自分たちの関心領域で(もし可能であれば自分たち独自の参照データを使って)、これらのマップを作成するのに必要なツールや技術が提供される予定です。
全球/地域監視の事例:
・2022年米国南部平原地域の干ばつ
a) NASA Harvest-GEOGLAM AGMET
アメリカ南部平原は米国の主要な小麦生産地域であり、その重要性を考慮して作付けから収穫まで注意深く監視されています。図4は2022年南部平原冬小麦シーズンのAGMET指標を示したものですが、グラフからは積算降水量、NDVI、土壌水分が平均以下であり、南部平原地域全体に見られる干ばつの傾向と一致することがわかります。米国の冬小麦は例年夏の間に収穫されますが、この地域の干ばつのため、収穫量への影響が懸念されています。衛星データを用いることで、収穫の数ヶ月前に平年より低い生産量が予想されることを把握できます。このような知見により、適切な対応と準備をすることができ、同時に市場の透明性を高めることができます。
b) JAXA JASMINおよび農林水産省 JASMAI
JAXAと日本の農林水産省は、降水量、干ばつ指数、土壌水分量、日射量、地表温度、植生指数の値やそれらの平年対差等の農業気象情報を提供しています。これらの農業気象情報は、GPM主衛星やしずく(GCOM-W)など複数の衛星を用いて作成されており、アジア地域はJASMINで、世界の主要耕作地域はJASMAIで半月ごとに最新の情報が確認できるようになっています。JASMIN/JASMAIプロダクトを用いることにより、米国南部平原の異常値が可視化され、拡大表示することができます。
図5はJASMAI画像の一例ですが、2022年3月上旬の平均NDVIとNDVI平年対差の例を示しています。また、図6の時系列グラフは、JASMAIによる米国カンザス州の降水量、土壌水分、NDVIの変化を示しています。これらの図とグラフから、2022年は例年に比べて降水量が少なく、そのため土壌水分もNDVIも低くなっていることが分かります。
・北アフリカ・中東の干ばつ
衛星データは、今シーズンの生産性を把握するのに役立つだけでなく、農業に関する豊富な過去の記録を提供し、研究者が過去のシーズンの状況と比較したり、気候変動の影響など、より長期的な傾向を評価したりすることを可能にします。例えば、モロッコ、チュニジア(図7参照)、シリア、イラクなどの国々を含む北アフリカや中東の大部分は干ばつ状態にあり、作物生産に重大な影響を及ぼしています。また、図8はWorldCerealによるタンザニア農地(a)と夏季(b)、冬季(c)の耕作状況を示した図になります。
地球観測は、このような影響を早期に特定・把握し、必要に応じて将来の農業計画や緩和策に向けた支援を提供する上で重要な役割を果たします。
・ブラジル南部の乾燥
ブラジル南部でも同様に、作物に必要な降水量が得られず、春植え作物の収穫高に悪影響がありました。衛星データから得られる情報を見ると、干ばつ状態は顕著であり、政府や市場はブラジルのこの地域から出荷される商品作物の減少に備えるべき、などという先手を打つサインとなったのです。これは、ブラジルや世界市場だけでなく、この地域に食料・飼料の輸入を依存している国々にも影響を与えます。地球観測は、供給が大きく減少する場合に、食料安全保障への脅威を早期に示唆することができます。衛星データのもう一つの利点は、こうした評価を一年中、世界中どこでも実施できることです。
JASMIN/JASMAIによるGSMaPから算出した2022年3月の積算降水量と平年対差を図10に示します。ブラジル南部で作物が必要とする降水量を得られず、春植え作物の収穫高に悪影響があったことが推察できます。
以下の時系列グラフは、JASMIN/JASMAIによってパラナ州の降水量、土壌水分、NDVIを表示したものです。
図12はWorldCerealによるブラジルの農地(a)と夏季(b)、冬季(c)の耕作状況を示した図になります。
衛星データがもたらす農業への重要な洞察
ここ数十年、衛星観測やデータアクセス技術が大きく進歩したため、利用可能な衛星データの量が大きく増大したため、データの解釈が困難になることが頻繁にあるのは、当然のことです。そのため、JAXAのJASMAI/JASMIN、ESAのWorld Cereal systemやGEOGLAM-Harvest AGMET Indicatorsなどのツールは、迅速で分かりやすい情報提供を行い、農業に関連する意思決定をサポートするための重要な役割を担っています。食料市場の安定性を高め、価格変動を抑えるためには、市場アナリスト、農業従事者、その他の農業関係者が、市場に出回る食料の量(例年の平均的な量と一致するか、多いか少ないか)を十分に理解することが重要です。他の消費財と同じように、農産物市場と商品価格の主要な決定要因は需要と供給です。衛星データは、農業モニタリングにおいて広域かつ定期的な情報を提供することができ、既存のモニタリング手法におけるギャップを埋めることができ、現在の作物の状態を把握するだけでなく、早期把握によって将来発生する供給量の不足などに備えることができるため、市場の安定、早期対策と食料援助などの人道支援、食料安全保障の強化において重要な役割を果たします。
図13はGCOM-Cによる全球NDVIのインタラクティブマップです。画像上でマウスでドラッグすることで表示位置を変えることが出来ます。また、マップ左下のボタンを操作することで他の観測日のNDVIを表示したりスライドショーとして植生の変化を見ることが出来ます。
図13 「しきさい」(GCOM-C)によるNDVI
本記事は、「Earth Observing Dashboard」の以下のストーリーを元に作成しています。
https://eodashboard.org/story?id=world-cereal-supply-and-demand