利用研究

2022.07.11(月)

打ち上げから5年目を迎える「しきさい」
~海洋環境編~

目次:
1. はじめに
2. 「しきさい」による海洋環境の長期・継続監視
3. 「しきさい」の海洋観測データの水産利用
4. 「しきさい」の250m解像度を活かした様々な海洋現象の観測
 ⅰ)流れ藻
 ⅱ)軽石
 ⅲ)赤潮
5. まとめ

1. はじめに

海洋は大気との相互作用を含め、地球全体の熱や水、炭素の循環において極めて大きな役割を果たしています。しかし近年気候変動に伴い、海洋温暖化の進行、海洋汚染の拡大、水産資源の枯渇、生物多様性の減少など、多くの問題が発生しています。これらの問題の現状把握、原因究明、被害の軽減、問題解決に資するため、「しきさい」は近紫外・可視域から熱赤外域まで幅広い波長の光を観測可能なセンサによって、水中で反射した太陽光(海色)を捉えることで、海面水温や植物プランクトンの量を全球規模で広域かつ高頻度に観測を行っています。特に、陸・海洋・大気が複雑に結びつき、人口が集中する沿岸域においては、250mという高い空間分解能を活かすことで、これまでの衛星では観測が困難であったより小さいスケールの海洋現象の捕捉や沿岸環境監視・保全への貢献が期待されています。
本記事では打ち上げから現在に至るおよそ4年間に得られた海洋観測に関する「しきさい」の成果と今後の展望についてご紹介いたします。

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2. 「しきさい」による海洋環境の長期・継続監視

「しきさい」は、海洋パラメータとして、海面水温や植物プランクトンの量の指標であるクロロフィルa濃度、濁りの指標である懸濁物質濃度、海の色を表す波長別の正規化海水射出放射輝度、日射量に対応する光合成有光放射、塩分の指標にもなる有色溶存有機物の吸光係数などを公開しています。例えば図1では、海面水温(左)とクロロフィルa濃度(右)の分布が黒潮の蛇行と対応していることが確認できます。このような海洋環境を定常的に観測し、その変化を捉えていくことが、「しきさい」の目的のひとつである気候変動に伴う海洋環境変化の監視には非常に重要です。これらのプロダクトは、今後も継続的に精度改善や検証作業を実施することで、長期観測による更なる研究成果が期待されます。

図1 「しきさい」が観測した2021年4月21日の日本沿岸の海面水温(左)とクロロフィルa濃度(右)。黒潮(暖流)と親潮(寒流)がぶつかる海域は豊かな漁場となる。

また「しきさい」ミッションでは、植物プランクトンが光合成により有機物として固定(生産)する炭素量(海洋純基礎生産力)の推定手法についても開発を進めています(図2)。海洋純基礎生産力は、陸上の植物による基礎生産と同様に、炭素循環についての理解を深める上で非常に重要なパラメータです。「しきさい」では、従来の推定手法では考慮されていなかった植物プランクトンの種類を考慮したアルゴリズムを開発することで、より高精度な推定に向けて取り組んでいます。

図2 「しきさい」で推定した2021年9月の海洋純基礎生産力の平均。沿岸域や中・高緯度域で高く、活発な光合成が行われていることが確認できます。

さらに、「しきさい」では、植物プランクトンの生態学的な機能に基づく分類(植物プランクトン機能別分類)手法の開発も進めています(図3)。海洋中には実に約5000種類の植物プランクトンが存在すると言われていますが、その大きさや生態系の中での役割(食物連鎖での位置付け等)は多岐に渡ります。近年、植物プランクトンを単一の種ではなく、そのような機能別分類に基づく特徴的な働きを組み込んだ生態系モデルの開発が進められています。この取り組みにより、地球の物質循環における植物プランクトンの役割に対する理解がより深まることが認識されている一方で、モデルの複雑化に伴う不確実性の増加は大きな課題です。その数値モデルの検証・改善には、衛星画像による植物プランクトンの機能別分類の定常的な全球規模の観測が重要な役割を果たします。特に、「しきさい」による高解像度な観測は、ハードウェアの発展に伴い今後益々高解像度化する海洋モデルの検証に非常に有用な情報を提供することが期待されています。

図3 「しきさい」で推定したクロロフィルa-サイズ分布の傾き。値が小さいほど植物プランクトンのサイズが大きいことを表しており、沿岸域では比較的大きいサイズの植物プランクトンが存在している様子が確認できます。

このような新たな海洋プロダクトの研究開発、及び継続的な衛星観測による長期データセット構築によって、炭素循環や漁業生産などの把握や、気候変動の将来予測に貢献することが可能となります。

3. 「しきさい」の海洋観測データの水産利用

海面水温、クロロフィルaをはじめとする「しきさい」の海洋観測結果は、全国の地方自治体で運営する水産研究機関である水産試験場で海況情報として利用・公開されています(図4)。「しきさい」の優れた空間解像度を活用した沿岸域における詳細な海況情報は、各地域の漁業者の漁場探索や航路選択等に活用されており、水産分野への積極的な利用が進められています。

図4 「しきさい」の観測データを利用する全国の水産試験場。海面水温やクロロフィルa濃度等を用いて漁業者向けに海況情報を公開しています。

4. 「しきさい」の250m解像度を活かした様々な海洋現象の観測

ⅰ) 流れ藻

流れ藻とは、主に藻体に浮きを持つ海藻の一種であるホンダワラ類が春に大きく成長し、波などによってちぎれて海面に漂っている状態の海藻のことを言います。流れ藻は、魚たちの産卵場となり、稚魚の隠れ家やエサ場として利用され、海の生態系にとって重要な役割を果たしています。近年東シナ海では海藻養殖の拡大や海水温の上昇等の環境変化に伴い流れ藻の増加が指摘されており、「しきさい」を利用した流れ藻の定常観測により、その関連性を明らかにすることが期待されています。
図5は、赤・近赤外・短波長赤外の3波長を用いて計算される「流れ藻指数(Floating Algae Index:FAI)」を基に、東シナ海の流れ藻を捉えた一例です。流れ藻は時間的・空間的にその分布が大きく変化するため、「しきさい」の高解像度かつ高頻度な観測による流れ藻分布のリアルタイムな把握が養殖業への活用に大きく貢献することが期待されています。

図5 2019年3月30日の東シナ海における流れ藻指数。広範囲に筋のように分布する流れ藻が確認できます。

ⅱ) 軽石

2021年8月13日に南方諸島にある海底火山である福徳岡ノ場の噴火によって大量の軽石が発生しました。この軽石はその後、1400km離れた沖縄県に漂着し、船舶の航行、漁業、観光等に様々な被害をもたらしました。
JAXA-EORCでは、「しきさい」による軽石判読画像を観測後随時公開してきました。軽石判読画像は、可視赤外線による疑似カラー画像で、赤:緑:青の3原色に、それぞれ短波長赤外線(1.6μm)、近赤外線(870nm)、赤色(670nm)をあてはめ、 コントラストを強調したものです。図6は、2021年10月15日の軽石判読結果を示したもので、水色に見える領域が軽石の分布となっています。
また、軽石がどこから流れてきたのかを把握し、これからどうなるのかを予測するために、「しきさい」を用いた軽石判読結果と、JAMSTEC(海洋研究開発機構)の開発・運用する海洋モデル(JCOPE-T DA)とを組み合わせることで、軽石の漂流経路の把握を行いました。海流シミュレーションのみによる軽石の漂流予測では、長期(数か月)の予測は困難です。そこで、図7で示すように、「しきさい」によってとらえた実際の軽石分布を組み合わせて漂流計算を行うことで、より現実に近い漂流計算を行うことが可能となりました(図8)。
この漂流予測から、伊豆諸島の神津島港と御蔵島港は軽石の影響を大きく受ける可能性があることが事前に判明し、他の島の港に先駆けて事前にオイルフェンスを設置する対策を行いました。その結果、実際に設置3日後に漂着した軽石の被害軽減につながりました。

図6  「しきさい」が捉えた2021年10月15日の沖縄周辺域の軽石の様子。(水色:軽石、青色:海、灰色:雲、黒色:陸もしくは衛星の観測範囲外)
図7 「しきさい」等から提供された軽石観測情報(左)を基にシミュレーションを実施した結果(右)。黒・青・赤はそれぞれ 海流だけで軽石が流されるとする場合、海流 + 風速x 0.5% で流されるとする場合、海流 + 風速x 1% で流されるとする場合を示す。
図 8 軽石漂流シミュレーション(黒・青・赤点)と海上保安庁の航空機観測による軽石発見位置(緑点または緑線)との比較。「しきさい」画像の活用により、現実場に即した正確なシミュレーションが可能であることが検証されました。

ⅲ) 赤潮

沿岸域では、特定の種類の植物プランクトンが海水中で異常発生し、海水が着色する現象である赤潮が発生することがあります。赤潮が発生すると、養殖場の魚の突然死や、海苔の養殖に必要な栄養塩が消費されるなどの甚大な水産被害に繋がる可能性があるため、赤潮の発生メカニズムの解明や、正確な発生分布把握が求められています。
「しきさい」は、250mという優れた空間解像度を活かすことで、有明海や北海道東沖をはじめとする沿岸域における詳細な赤潮モニタリングが可能となっており、沿岸環境監視・保全に大きく貢献しています。

  1. 有明海の赤潮モニタ
    有明海では、JAXAとJAFIC(漁業情報サービスセンター)との共同研究により有明海の赤潮モニタを開発しています(図9)。赤潮モニタでは、「しきさい」と「ひまわり8号」の観測結果に基づき、湾内の赤潮の空間的な広がりを推定します。推定結果は、JAFICの運営するウェブサイトで一般公開しており、「しきさい」の水産分野への利活用促進が進められています。
    図9 有明海におけるクロロフィルa濃度(左)と同日の赤潮モニタによる赤潮検知結果(右)。湾内での詳細な赤潮の分類が可能となっています。
  2. 北海道東方沖の赤潮変化の監視
    2021年の9月から11月頃にかけて北海道東沖で例年になく広範囲な赤潮が発生しました。図10では赤潮の発生から終息までの推移の様子が、「しきさい」による高解像度かつ高頻度な観測によって観測できていることが分かります。この北海道東方沖の赤潮の様子を捉えた「しきさい」のクロロフィルa濃度画像は、NHK北海道のニュースや、北海道大学のプレスリリース、北海道水試のweb情報等で利用されています。今後は、研究機関や大学による現場観測データ、及び他の衛星による海洋環境データと組み合わせて、引き続き赤潮の詳細なモニタリングが期待されます。

    図10 「しきさい」が2021年8月20日から12月05日にかけて捉えた北海道東沖のクロロフィルa濃度。赤潮の発生から終息までの様子がはっきりと捉えられています。

5. まとめ

「しきさい」は、気候変動に伴う長期的な海洋環境変化の監視を目的とした観測を行っており、炭素循環や生態系プロセス、さらに水産資源の変動のモニタリングに大きく貢献しています。
また、「しきさい」が有する250mという優れた解像度を活用して、沿岸域における赤潮の空間分布の把握や、その発生メカニズムの解明等、これまでの海色衛星観測では困難であった、比較的時空間変動の小さい海洋現象の詳細な解析とともに、水産被害の軽減に繋がる研究が精力的に進められています。
今後も「しきさい」による海洋観測を長期継続することにより、海洋変動と気候変動の相関、及びその変動が生じるメカニズムの解明への貢献が期待されます。また、気候変動分野だけでなく、漁場探索や航路選択等に係る海況情報の提供を通して、水産分野への更なる貢献も期待されています。

文:JAXA/EORC 中山大雅 研究開発員

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