利用研究

2022.06.06(月)

打ち上げから5年目を迎える「しきさい」
~大気環境編~

目次:
1.「しきさい」と大気環境
2. 大気プロダクトの開発
 大気環境の長期変動観測を目的とした雲プロダクト、エアロゾルプロダクトの開発
 人工知能を用いた雲特性推定アルゴリズムの高精度化
3. 温暖化に伴い変化しつつある地球システムの現況把握と長期観測
 世界各地で発生する大規模森林火災の監視、及び火災エアロゾルの特性解析
4. 地球システムの知見の向上と将来予測精度の向上
 水雲粒子の成長プロセスにおける数値モデルの評価
 エアロゾルモデルの再現性の改善を目的としたエアロゾル同化実験
5. まとめ

1.「しきさい」と大気環境

大気は地球半径から比べると非常に薄い領域ですが、我々人間を含む多くの生物にとってなくてはならない存在です。しかし産業革命以降、人間活動を主たる要因としてその環境が脅かされ始めています。大気は海洋と比較すると物理現象の時間スケールは早く、かつ比熱容量も小さいため、地球温暖化をはじめとした気候変動の影響が現れやすい場所と言えます。IPCC第6次評価報告書では2011年-2020年における世界の平均気温が産業革命以前と比べて約1.1度上昇していることが報告されており、これは直近2000年間において例を見ない上昇速度となっています。この急速な温暖化に伴い、世界各地で熱波や干ばつ、豪雨、熱帯低気圧といった異常気象の頻度が増加しており、地球環境全体に影響を与えています。以上から、大気の状態を継続的に監視することは地球環境の今と未来を理解する上で非常に重要となります。「しきさい」ではこうした気候変動を捉えるべく、近紫外・可視域から熱赤外域までの幅広い波長の光を観測可能なセンサや、光の強度だけでなく状態(電磁波の振動方向)を捉えることができる偏光観測を駆使することで、地球全体の雲の分布や高度、雲粒粒径(雲を構成する粒子のサイズ)といった情報に加え、PM2.5や黄砂といったエアロゾル※1の分布や光学特性の観測を行っています。
本記事では打ち上げから現在に至るおよそ4年の間に得られた地球大気観測に関する「しきさい」の成果についてご紹介いたします。

> 陸域、海洋、雪氷観測に関する成果記事はこちらから。 <

※1 エアロゾル…気体中に浮遊する微小な液体または固体の粒子と周囲の気体の混合体のこと。粒径(サイズ)は0.001μmから100μm程度まで幅広く存在する。黄砂やPM2.5も含まれる。

2. 大気プロダクトの開発

大気環境の長期変動観測を目的とした雲プロダクト、エアロゾルプロダクトの開発

「しきさい」では大気に関連する物理量データとして、主に雲に関連するプロダクトとエアロゾルに関連するプロダクトを提供しています。雲プロダクトでは雲識別(図2)だけでなく、雲種別雲量(積乱雲や層雲といった雲の種類ごとの雲量)、雲頂温度、雲頂高度、雲粒粒径といった雲特性に関わる物理量も推定しています (Nakajima et al. 2019)。また、エアロゾルプロダクトでは、陸海上におけるエアロゾルの光学的厚さ※2(図3)や光の吸収度合に関連する単散乱アルベド、そして粒子のサイズに関連するオングストローム指数といったエアロゾルの光学特性を定量づける種々のパラメータを推定しており、大気環境を監視する上で重要なデータとなっています。特に「しきさい」の持つ偏光観測センサは、従来の衛星観測では捉えきれない都市域のエアロゾルをはじめとした小粒子エアロゾル(<約0.3μm)にも感度を持っており、近紫外線や可視・近赤外線を用いた従来の推定手法と組み合わせることで、様々な粒度のエアロゾルを観測することが可能となります。これら雲プロダクト、及びエアロゾルプロダクトは、JAXAと研究機関との共同研究によって精度検証・改善が継続して行われており、今後長期にわたってデータを蓄積していくことで更なる研究成果が期待されます。

図2 「しきさい」の雲識別データの画像(2022年4月11日、日本域)。
図3 「しきさい」のエアロゾル光学的厚さデータの画像(2021年7月、全球)。アフリカ大陸中央部やユーラシア大陸北東部で発生した林野火災に伴い、エアロゾル濃度が高くなっている様子が見て取れる。

人工知能を用いた雲特性推定アルゴリズムの高精度化

従来の雲特性の推定方法では、鉛直1次元の大気状態を仮定することが多く、3次元不均質な構造を持つ雲は推定誤差を生む大きな要因となります。東北大学の研究グループでは、3次元放射伝達モデル※3により生成された雲を教師データとして用いることで、より現実に近い雲特性を推定する機械学習手法を開発しています。大気を3次元構造として扱うことができれば、小さな雲が散在する場合や雲内部の不均質性が大きい場合でも、雲特性を高精度に推定することが可能となります(図4)。これらの成果は将来的には、「しきさい」の雲プロダクトの精度向上や、温暖化を予測する上で重要な放射収支の計算(地球に対するエネルギーの出入りの計算)に役立つものと期待されます。

図4 雲の光学的厚さの推定の比較(図は東北大学/岩渕弘信准教授提供):a) 鉛直1次元を仮定した場合と真値の差、b) 3次元不均質な雲を仮定した場合と真値の差、c) 仮定した真値、d) c)のオレンジ色の線に沿った各種手法による推定値の分布(太陽天頂角49度の場合)。

※2 光学的厚さ…対象を光が透過する際にどれだけ減衰するかを表す指標。光学的厚さが大きい雲ほど、光をよく遮る。
※3 放射伝達モデル…地球の大気や地表面における光の伝搬(散乱、吸収等)の過程を、エネルギー保存則に基づいて計算するモデルのこと。例えば雲の厚さや状態(水、氷)といったパラメータを設定すると、衛星で観測した際にどのような色、明るさで見えるかを計算することができる。

3. 温暖化に伴い変化しつつある地球システムの現況把握と長期観測

世界各地で発生する大規模森林火災の監視、及び火災エアロゾルの特性解析

IPCC第6次評価報告書UNEPによる森林火災に関する報告書では、地球温暖化に起因する局所的な干ばつや熱波の発生により、大規模な森林火災の発生確率が今後増加するという報告がなされています。こうした森林火災は大量のエアロゾルを放出するため、周囲の生物の呼吸器系へ悪影響を及ぼす可能性があります。また、エアロゾルは大気環境や気候に対しても影響を及ぼす事が分かっています。一般的にエアロゾルは太陽光を反射し,放射への影響が大きな雲の生成を促す効果を持つため,総じて地球を冷やす効果(日傘効果)があると考えられていますが、中には森林火災から多く放出される光吸収性エアロゾルのように地球を温める効果を持つエアロゾルも存在します。そのため、温暖化に対する全体としてのエアロゾルの寄与の大きさの不確実性は非常に大きく、将来の気温変化における予測精度を悪くしている要因となっています。以上から、衛星による森林火災の監視は、火災検知や被害状況のモニタリングといった即時的な情報源としてだけでなく、大気環境への中長期的な影響を見積もるための研究データとしても重要視されています。
図5は、「しきさい」によって撮像されたカリフォルニア州の森林火災に伴う火災煙の可視画像(図5(a))、エアロゾル光学的厚さ(図5(b))、そして光学特性の時間(距離)変化(図5(c)、(d))をそれぞれ示したものです。高頻度かつ広い視野で全球を観測しているため、こうした突発的かつ大規模なイベントも逃さず観測できることは「しきさい」の特長の一つとなっています。光学特性の時間変化の図から、ホットスポット(火元)からの距離に応じて火災煙に含まれるエアロゾルのオングストローム指数(AE)は小さく(=粒子サイズが大きく:図5(c))、単散乱アルベド(SSA)は大きく(=光の散乱確率が大きく:図5(d))なっていることが分かります。これは、火災によって放出されたエアロゾルが時間経過に伴い、空気中の水分や他のエアロゾルを取り込んで成長しているプロセスが捉えられているものと考えられます。こうした実観測データに基づくエアロゾルの光学特性の解析結果は、温暖化に対するエアロゾルの影響の精緻化や気候予測精度の向上に繋がります。

図5 「しきさい」によるカリフォルニア州で発生した2021年8月23日の森林火災の解析(図は、JAXA/EORC棚田和玖研究開発員作成):a) 可視合成画像、b) エアロゾル光学的厚さ画像(2つの火災煙を青枠、赤枠で図示)、c) ホットスポット(火元)からの距離に応じたオングストローム指数の変化。d) ホットスポットからの距離に応じた単散乱アルベドの変化。経過時間に伴う光学特性の変化は2つの火災煙(plume1、plume2)で似た傾向を示している。

4. 地球システムの知見の向上と将来予測精度の向上

水雲粒子の成長プロセスにおける数値モデルの評価

将来の気候を予測する上でエアロゾル・雲相互作用※4を正確に推定することは非常に重要ですが、その基盤となる数値モデルにおける雲微物理過程(雲粒の成長や雨粒、氷晶の生成に関連する過程)の設定には依然として大きな不確実性があります。数値モデルの雲微物理過程を効果的に評価するためには、衛星観測による雲特性データを解析することで、その背後にある現実の雲の微物理過程を定量的に診断し、数値モデルと比較することが不可欠です。
東京大学大気海洋研究所では、「しきさい」の雲特性データを用いて雲粒が周囲の水蒸気を取り込んで成長するプロセス(凝結成長)及び雲粒同士が衝突することで成長するプロセス(衝突併合)の様子を定量的に診断することに成功しました[Nagao, T. M., & Suzuki, K.. (2020)]。具体的には、「しきさい」による雲粒数密度と雲水量※5の水平変動(相対標準偏差)の比に着目した指標「RSD比」(図6(a)(b))を調べることで、雲粒の粒径がおよそ13μmを超えると雲の粒子成長プロセスが凝結成長から衝突併合過程へ遷移するという結果が得られました。この雲粒粒径とRSD比の関係は、既存の数値モデルでは表現できていない可能性があり(図6(c))、今後の数値モデルの改良に示唆を与える結果となっています。

図6 RSD比と水雲微物理過程(図は、東京大学大気海洋研究所/鈴木健太郎教授、永尾隆特任研究員提供):b)「しきさい」により撮像された可視合成画像とRSD比画像、c)「しきさい」による観測値と数値モデルの比較(RSD比 vs. 雲粒粒径)。

※4 エアロゾル・雲相互作用…一般に雲はエアロゾルを核として生成されるため、エアロゾルの増減は雲量や雲粒のサイズ、雲の反射率等に影響を及ぼす。こうした相互作用のことをエアロゾル・雲相互作用と呼ぶ。
※5 雲水量…雲を構成する粒子状の水の空間重量濃度のこと。

エアロゾルモデルの再現性の改善を目的としたエアロゾル同化実験

モデル単体では再現できないような局所的、突発的なイベント等に伴うエアロゾル分布の時間変化を推定、予測するためには衛星データのような実観測データをモデルデータに逐次的に同化※6させることが望まれます。「しきさい」は全球のエアロゾルに関する物理量を多波長観測を用いて比較的高頻度(2、3日に一度全球観測)に観測しており、モデルに同化させることで予測精度の向上が期待されます。
九州大学では、2019年12月から2020年1月にかけてオーストラリア東海岸で発生した大規模な森林火災により放出されたエアロゾルをターゲットとして、「しきさい」の偏光観測を用いたエアロゾルデータの同化実験を実施しました。その結果、図7に示すように、「しきさい」のデータを同化によって数値シミュレーションに取り込むことで、エアロゾル分布の再現性が大きく改善されていることが確認できています。これらの結果はエアロゾル予測の精度改善に加え、数値シミュレーションを用いたエアロゾル影響評価の確度の向上を期待させるものです。
また国立環境研究所にて開発する全球大気モデル(NICAM-Chem)に対しても「しきさい」のエアロゾルプロダクトの同化実験を実施しており、他衛星や地上のライダー観測データ等と比較する(Cheng et al., 2021)ことで「しきさい」データの同化の有用性を継続的に検証しています。図8は検証結果の一例ですが、同化を取り入れることで土壌粒子の水平分布や、エアロゾルの鉛直分布に変化、改善が見られています。
こうした衛星観測データとモデルの同化実験を通して得られた知見やアルゴリズムの一部は、実際に気象庁の黄砂予報システムにも活用されており、今後も現業機関や研究機関との連携を深めていくことで、更なる精度改善や幅広い応用が期待されます。

図7 オーストラリア火災における偏光エアロゾル同化実験(図は、九州大学/弓本桂也教授提供):a) 「しきさい」の偏光観測を用いて算出したエアロゾル光学的厚さ、b) 「しきさい」データを同化していないモデル推定値、c) 「しきさい」データを同化させたモデル推定値。
図8 NICAM-ChemとSGLIエアロゾルデータの同化実験(図は、国立環境研究所/後藤大輔主任研究員提供):左)NICAM-ChemにおけるSGLI同化の有無によるエアロゾル光学的厚さの水平分布の差異、右)地上LIDAR観測を用いたエアロゾル消散係数の鉛直分布の比較。

※6 データ同化…衛星等で得られた実観測データを入力することで、数値モデルの再現性を高める手法のこと。

5. まとめ

国際的な問題となっている気候変動に対して将来の影響を予測し、緩和策を検討・実施するためには、現在の地球環境をいかに精度よく観測するかが鍵となります。「しきさい」は、優れた分解能(250m及び1km)、高頻度全球観測(2、3日に一度全球を撮像可能)、高精度校正された多波長センサ(17波長を識別可能)といった特色を活かし、大気、陸域、海洋、雪氷域の様々な物理量を精度よく知ることができます。今回紹介した事例は打ち上げからおよそ4年間で得られた成果となっていますが、気候変動は突発的な気象現象として現れる場合もあれば、長期的なトレンドとして緩やかな変化として現れる場合もあります。そのため、特に地球全体の変動を統計的に議論していくためには、10年、20年といった長期間の継続的なモニタリングが不可欠となります。「しきさい」では今後も継続的に高精度な観測を続けるとともに、エアロゾルや雲のより詳細な情報を取得することが可能な偏光観測や、植生や噴煙等を3次元的に把握可能な多方向観測といった特徴を活かすことで、「しきさい」ならではの付加価値を提供していきます。また、今回見てきたように気候モデルや地球システムモデルの改善、進化に繋がることができれば気候変動の将来予測にも大きく貢献することとなります。

(解析・文章作成:JAXA/EORC 棚田和玖研究開発員、村上浩研究領域主幹、東海大学 情報技術センター 中島孝教授、東北大学 大学院理学研究科 岩渕弘信准教授、東京大学 大気海洋研究所 鈴木健太郎教授、永尾隆特任研究員、国立大学法人九州大学 応用力学研究所 弓本桂也教授、国立研究開発法人国立環境研究所 地域環境保全領域 五藤大輔主任研究員、一般財団法人リモート・センシング技術センター 吉田真由美主任研究員)

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