利用研究

2021.08.02(月)

長期衛星降水観測から明らかになった最近10年間の梅雨前線帯の降水の活発化(論文解説)

地球温暖化や気候変動などの影響により、近年は梅雨の季節になると毎年のように豪雨がもたらされ、水災害頻発しています。今年も、7月上旬に活発化した梅雨前線に伴って熱海などの東海・関東南部では大雨による土砂災害が発生しました(詳細はこちらの記事参照)。より正確な降水の予測のためには、近年、雨の降り方がどのように変化してきているかを捉えることが極めて重要です。

JAXAでは、20年以上の長期にわたり、熱帯降雨観測衛星(Tropical Rainfall Measuring Mission; TRMM)全球降水観測計画(Global  Precipitation Measurement Mission; GPM)を通して宇宙から世界の雨を観測しています。これらの長期間の衛星降水観測データを用いた研究として、7月7日付(英国時間)で英国ネイチャーリサーチの『Scientific Reports』電子版で、東京都立大学と名古屋大学による研究成果が掲載されました。この研究発表について東京都立大学から発表されたプレスリリースでは「本研究の結果は、梅雨前線の雨の降り方が変化していることを示唆しています。今後も降雨観測衛星による継続的なモニタリングが重要です。さらに、梅雨前線の雨の降り方の変化に対応した防災対策が必要であると考えられます。」とされています。本研究は、JAXA共同研究(第2回地球観測研究公募; EO-RA2)で実施されました。そこで本稿では、この東京都立大学と名古屋大学による最新の研究成果に加え、使われたJAXAの衛星搭載降水レーダによる降水観測について紹介します。

    • ●論文情報
      タイトル: Recent decadal enhancement of Meiyu-Baiu heavy rainfall over East Asia
      著者:高橋 洋 1、藤波 初木 2
      1. 東京都立大学大学院 都市環境科学研究科 2. 名古屋大学 宇宙地球環境研究所
      DOI: 10.1038/s41598-021-93006-0

最近10年間の梅雨前線帯の降水活発化

過去20年以上のTRMMとGPMによる長期衛星搭載降水レーダのデータを用いて解析を行った結果として、図1に1998年〜2008年と2009年〜2019年の各11年平均の降水頻度の差の分布を示します。梅雨前線が停滞する九州の南側周辺の領域では緑色で示される降水頻度が増加している結果をみてとることができ、最近11年間(2009~2019年)の梅雨前線帯における降水活動が、その前の11年間(1998~2008年)よりも活発であることがわかります。

図2には、1998年から2020年までの降水頻度の時系列を示しています。図2からは年々の変動が見られますが、2009年〜2019年は、降水頻度の平均が1998年〜2008年よりも上昇していることが確認できます。それにより、2009年〜2019年は、降水活動が底上げされることで、活発な年は、さらに活発になり、甚大な気象災害につながってしまう可能性が考えられます。2009年〜2019年の10mm/h以上の強い降雨の頻度は、1998年〜2008年に比べて、約25%も高くなっており、降水活動が活発であったことがわかります。

降水頻度(PF)の時系列を示す。黒丸の実線は、0.5 mm/hr以上の降水頻度。青丸の破線は、10.0 mm/hr以上の降水頻度。オレンジの破線は、10.0 mm/hr以上の降水頻度の11年平均値(1998年から2008年および2009年から2019年)、2010年代に平均値が高くなっていることがわかる。(東京都立大学の発表資料より引用)

図2. 降水頻度(PF)の時系列を示す。黒丸の実線は、0.5 mm/hr以上の降水頻度。青丸の破線は、10.0mm/hr以上の降水頻度。オレンジの破線は、10.0mm/hr以上の降水頻度の11年平均値(1998年から2008年および2009年から2019年)、2010年代に平均値が高くなっていることがわかる。(東京都立大学の発表資料より引用)

さらに本研究では、梅雨前線の活発化がどのような大気の流れの変化によってもたらされるのかを理解するために、最近約20年間の梅雨期の大気の流れを解析した結果も示されており、太平洋高気圧の東縁に沿った水蒸気輸送が強まる傾向や対流圏上層(上空12000m付近)において、梅雨前線の西側で上昇流を強化するような気圧の谷が強まる傾向が見られたと報告されています。

本研究成果につながった20年以上にわたる宇宙からの降水の観測

本研究では、TRMMとGPM主衛星による衛星降水観測データが活用されています。梅雨前線活動の長期変化について、数値シミュレーションを用いた研究は少なくありませんが、実測データによる長期変化の解析はほとんどないことも、この研究の重要なポイントの一つです。陸上の雨は、地上の雨量計や気象レーダによって観測できますが、海上で、陸上と同じように定量的に雨を観測することは困難であり、衛星による観測情報が重要な情報源です。また、雨の降り方の長期的な変化を把握するためには、長期間に渡って均質なデータが必要となります。
TRMM衛星は1997年11月に種子島宇宙センターから打ち上げられました。TRMM衛星には日本が開発した降雨レーダ(Precipitation Radar; PR)が搭載されており、宇宙から熱帯の降水の立体構造を捉えることができる世界で初めての衛星搭載センサです。TRMM衛星は3年2か月の設計寿命を大きく上回る約17年の長期にわたり、貴重な観測データを提供し続けました。TRMM衛星の後継・発展ミッションとなるGPM主衛星は、2014年2月に種子島宇宙センターから打上げられました。TRMMは熱帯(北緯南緯35度まで)の降雨を対象としたミッションであったことに対し、GPMでは観測領域を中緯度(北緯南緯65度まで)に拡張しました。GPM主衛星には、日本が優位性をもつ降水レーダ技術を高度化したセンサとして、二周波降水レーダ(Dual-frequencyPrecipitation Radar; DPR)が搭載されており、世界の雨雪の立体構造を観測しています。GPM主衛星も、TRMM衛星と同様の3年2か月の設計寿命であり、2014年に打ち上げられて以降、運用8年目に入った現在も後期運用を継続しており、宇宙からの降水観測を行っています。
JAXAはこれまでデータ校正作業による長期観測データの精度向上や、TRMMとGPMで共通的に適用可能な降水推定アルゴリズムによる長期降水プロダクトの開発に取り組んできました。その結果として、TRMMとGPMのデータを合わせて活用することで、過去23年間の降水活動を、海陸問わず、ほぼ同じ品質で解析することができることができ、本稿で紹介した研究でもこのデータが用いられています。TRMMからGPMに続く、長期衛星降水観測の実現が、本稿で紹介した研究成果につながっているのです。

今後の継続的な衛星降水観測に向けて

GPMによる観測データは、2016年3月から気象庁の数値気象予報にも定常的に使われており、日々の天気予報に役立てられていますが、本研究成果のように、正確で均質な長期衛星搭載降水レーダの活用によって、防災面でも重要となる降水特性に関する知見を得る上でも重要な役割を担っています。
頻発・激甚化する水災害の備えるためにも、このような衛星降水データをさらに長期化することが求められており、内閣府宇宙基本計画では「我が国が強みを有するレーダやマイクロ波放射計等の技術については、基幹的な衛星技術として継続的に高度化を推進する。」とされています。JAXAではGPM主衛星の運用の継続に加え、降水レーダの後継ミッションの検討も実施しており、今後も、降水特性のさらなる理解に貢献していきます。

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