災害

2020.11.13(金)

フィリピンやベトナムに台風が次々と上陸…衛星が観測した大雨

JAXAでは、全球降水観測(GPM)計画の下、GPM主衛星に搭載された二周波降水レーダ(DPR)を核として、水循環変動観測衛星「しずく」などの複数の衛星を組み合わせて作成した衛星全球降水マップ(GSMaP)により、宇宙から世界の雨を観測しています。本稿では、2020年10月から11月にかけて、フィリピンやベトナムに深刻な水災害をもたらしている複数の台風に関して、衛星によってとらえられた雨や水蒸気の観測事例を報告します。

◆台風が次々とフィリピンやベトナムに上陸◆

2020年台風15~20号のそれぞれの経路図を図1に示しています。10月中旬から下旬(以降すべて世界標準時)にかけて、台風15、16、17、18号の4つの台風が南シナ海からベトナムに立て続けに上陸しました。また、10月下旬にフィリピン東海上で発生した台風19号は、11月に入ってフィリピンに上陸し、ルソン島などで甚大な被害をもたらしました。その後まもなく、台風20号がフィリピンの北側を通過し、台湾の西南西海上で熱帯低気圧に変わっています。

図2には、衛星全球降水マップGSMaPによる、これらの複数の台風に伴う雨の時間変化を示しています。10月中旬から11月上旬にかけて、次々と台風や熱帯低気圧がフィリピンやベトナムを通過し、大雨を降らせている様子がわかります。2020年11月10日現在も台風21号や22号が発生しています。(その後の現在に至るまでの雨のようすはGSMaPのウェブサイト「世界の雨分布リアルタイム」からご覧いただけます。)

図2. GSMaPによる南シナ海周辺の3時間毎の平均降水量の時間変化(2020年10月6日~2020年11月6日)

◆20年に1度の豪雨が連続的に発生◆

GSMaPは20年以上の長期データが利用可能となっているため、過去20年間の雨データを統計的に解析することができます。図3は10月にベトナムで大雨が観測されていた期間における豪雨指標を示しており、最も濃いピンクで示された過去20年間で1度だけしか起こらない豪雨に匹敵する雨の領域がベトナム中部に継続的に分布しており、10月上旬から中下旬にかけた長期にわたって、持続的な大雨となっていた様子がわかります。

GSMaPによる雨のデータとともに、気象庁の地上付近の風の長期再解析値(JRA-55)を用いて平年との違いを調べました。図4は、特にベトナム中部で雨の多かった10月6日~25日の20日間に着目し、平均的な雨や風の様子と比較して2020年はどのような特徴があったかを調べた結果を示しています。

降水量(カラーで表示)については、過去20年の平均でも、図4の黄色い円で囲んだベトナム中部で比較的多い雨が観測されていますが(図4左)、2020年は特に雨が多く降っていました(図4中央)。平年との差をみると(図4右)、ベトナム中部を中心に2020年は過去の同じ時期と比較して日平均で75mm以上雨が多く降っていたことがわかります。

地上付近(925hPa面)の風(ベクトルで表示)をみると、平年は東シナ海から南シナ海に向かって吹く北東風が卓越していますが(図4左)、2020年は特にこの北東風が強まっていたことがわかりました(図4中央)。平年値との差から、南シナ海での低気圧性の循環が強まっていることが示唆されます(図4右)。

◆南シナ海では平年の1.3倍の水蒸気◆

さらに、水循環変動観測衛星「しずく」GCOM-Wに搭載されている高性能マイクロ波放射計2(AMSR2)によって、この期間、雨の素となる大気中の水蒸気量が平年に比べてどの程度であったかを調べることが出来ます。図5は図4と同じ領域・同じ期間(10月6日~25日の20日間)について、鉛直方向の積算水蒸気量の平年値(図5左)と2020年の平均値(図5中央)、そして偏差の割合(図5左)を示しています。偏差の割合は、2020年の観測値を平年値で割ったもので、偏差の割合が「1」のときは平年並みで、1よりも大きい場合は平年よりも多いことを示します。

南シナ海では、2020年のこの時期(図5中央)は平年(図5左)よりも積算水蒸気量が10kg/m2程度多く、偏差の割合(図5右)でみるとベトナム中部の沖合では平年の約1.3倍の水蒸気が存在していたことが分かります。

水循環変動観測衛星「しずく」によって観測された10月6日~25日の積算水蒸気量。

図5.水循環変動観測衛星「しずく」によって観測された10月6日~25日の積算水蒸気量。
左図は平年*値(2012~2019年の8年平均値)、中央図は2020年のこの期間の平均値をあらわしており、右図は偏差の割合(平均値/同時期の平年値)を示しています。

◆ベトナム中部を中心に発生した洪水◆

GSMaPを活用することで、雨の様子を知ることができますが、防災の観点からは、降る雨の量や場所のみならず、その雨水がいつどこにどれほどの量集まり、実際に河川氾濫が発生する危険性があるか否かの情報提供を適切なタイミングで行うことが重要となります。このためには、陸上の水循環を計算・推定するシミュレーションを行う必要があります。

JAXAでは東京大学と共同で、陸上の水循環シミュレーションシステム「Today’s Earth – Global(TE-Global)」を開発しています。TE-Globalでは、世界中の河川の流量やその氾濫面積割合などの推定結果を3時間毎・0.25度格子でモニタリングすることが可能です。図6には、TE-Globalが推定した2020年10月の各日毎の平均河川流量(左)とその再帰期間(右)をアニメーションで示しています。河川流量のアニメーションでは、複数の台風の上陸に伴い流量が増加する様子や、ダイナミックに上流から下流へ流れていく様子を見て取ることができますが、この情報のみでは実際にどの地域で危険な状態であったのかを判断することはできません。「再帰期間」は、過去の統計をもとに「今回の事象がどれほど極端な事象であったか」を示す一つの指標であり、これをモニタすることで実際に洪水の危険度が高かった地域を把握することができます。アニメーションではベトナム中部を中心に継続して高い再帰期間(より極端な現象であることを意味する)が推定されており、GSMaPが観測した図6の大雨の分布とよく一致しているほか、10月28日発表の国連のレポート「Viet Nam: Floods, Landslides and Storms」による洪水被害を受けた州の分布とも整合的であることが分かります。

AMSR2による2020年8月の平均海面水温

AMSR2による2020年8月の偏差(平年値からの差)

図6.陸面シミュレーションシステム「TE-Global」が推定した2020年10月の河川流量(左)とその再帰期間(右)の時間変化。再帰期間は、赤い色ほど平年値に比べ極端に大きな河川流量が推定されていたことを示す。

◆フィリピンに甚大な被害をもたらした台風19号に伴う雨の立体構造◆

10月に発生したベトナム中部の洪水の後もなお、台風は立て続けに発生しており、11月に入ってからは台風19号がフィリピンに上陸し、甚大な被害をもたらしました。図6には、GPM主衛星に搭載された二周波降水レーダ(DPR)がとらえたフィリピンに上陸する前の台風19号に伴う雨の立体構造を示しています。

図7. 二周波降水レーダ(DPR)が観測した台風19号に伴う雨の立体構造
(2020年10月29日16:46 (UTC)頃)

以上に示したように、JAXAでは、雨や水蒸気などの地球の”水”に関わる様々な物理量を観測しています。これらの衛星観測は、アジア太平洋地域の気象モニタリングや、日本の気象庁による数値気象予報でも利用されており、私たちの日々の生活にも役立てられています。今後もこのような観測を継続していくことで、激甚化する水災害への対応にも貢献してゆきます。

観測画像について

画像:観測画像について

図2

観測衛星 全球降水観測計画主衛星(GPM core observatory)
観測センサ 全球降水マップ(GSMaP)
観測日時 2020年10月6日~2020年11月6日

図5

観測衛星 水循環変動観測衛星「しずく」(GCOM-W)
観測センサ 高性能マイクロ波放射計(AMSR2)
観測日時 2012~2019年10月6日~25日(左)
2020年10月6日~25日(中)

図7

観測衛星 全球降水観測計画主衛星(GPM主衛星)
観測センサ 二周波降水レーダ (DPR)
観測日時 2020年10月29日16:46 (UTC)

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