災害
2020.09.28(月)
地球観測衛星によるカリフォルニア森林火災の可視化
有名な国立公園をはじめ、豊かな森林を多くもつ米国カリフォルニア州は、夏場は乾燥するため、元々森林火災の発生頻度が高い地域となっています。しかし2020年8月16日に発生した森林火災は、9月下旬時点で既に過去最大規模の被害となっており、鎮火にはあと1か月はかかるだろうと予測されています。こうした森林火災は、我々の健康や経済活動、陸域生態系へ損害を与えるだけでなく、二酸化炭素をはじめとした温室効果ガスの排出にも繋がり、大気環境にも大きな影響を与えることが知られています。今回の記事では、カリフォルニア森林火災をJAXAの地球観測衛星を用いて多角的に解析し、火災の背景と影響を可視化していきます。
火災の背景
今回の大規模な森林火災が発生した背景には様々な要因が考えられますが、本記事では以下の2つの要因に焦点を当てて調査しました。
①雨季における干ばつ
カリフォルニア州は基本的には地中海性気候であり、11月から3月頃の冬にかけて雨季となっています。しかし、今年の1-2月はほとんど雨が降らず、記録的な干ばつに見舞われました。カリフォルニア州で2月の降水量がほぼゼロとなったのは、1864年以降初とのことです。JAXAでは、全球降水観測計画(GPM)において、GPM主衛星や水循環変動観測衛星「しずく」(GCOM-W)など複数の地球観測衛星データを用いて、「衛星全球降水マップ(GSMaP)」という世界の降水分布データを作成して提供しています。さらにEORCではGSMaPを用いて算出した干ばつに関する統計指数(SPI: Standardize Precipitation Index)を「世界の雨分布統計」ホームページで提供しています。図1は、2020年2月の1ヶ月間のカリフォルニア周辺のSPIの分布を示した結果です。観測範囲が限られる地上観測とは異なり、広域の状況を監視できるのが衛星観測の利点です。図1から、カリフォルニア州の大部分でSPIが-1.5を下回っています。SPIが-1.5~-2.0の場合は「極端な干ばつ」、SPIが-2.0を下回る場合は「例外的な干ばつ」に該当するため、平年に比べて著しい干ばつの状態であったことがわかります。
このため、カリフォルニア州の森林や草木、その土壌は、雨季に水分を十分に蓄えることができず、非常に乾燥した状態にあったと考えられます。
②熱波
カリフォルニア州では今年の8月から9月にかけて、熱波の影響で記録的な暑さが続きました。8月16日にはデス・バレー国立公園で観測史上最高気温の54.4°C、9月6日にはロサンゼルスで観測史上最高気温の49.4°Cを記録しました。気候変動観測衛星「しきさい」(GCOM-C)搭載の多波長光学放射計「SGLI」では、近紫外域から熱赤外域の19の波長で観測を行うことで、様々な情報を得ることが可能です。図2は、2020年8月8日から8月14日の日中に観測された、熱赤外バンド(波長10.8µm, 12.0µm)から推定した地表面温度(LST: Land Surface Temperature)の画像で、赤色ほど高温であることを示しています。特に森林周辺の裸地や畑、潅木地帯の地表面温度は60°Cを超えており、当時の植物が極度に乾燥していたことを踏まえると容易に発火する状態であったと推測されます。
図2. 「しきさい」により観測された2020年8月8日~14日までの平均地表面温度(LST)
森林周辺の裸地や畑、潅木地帯の地表面温度は60度を超えており、当時の植物や土壌が乾燥していたことも踏まえると、火災直前の森林は極めて発火しやすい状態であったと推測される。
火災の可視化
図3は、「しきさい」の可視バンドをRGB合成した2020年9月9日におけるカリフォルニア森林火災の様子です。重ねてプロットしている赤い点は、同衛星の熱赤外バンドを使用して8月1日から9月9日までの間に検出したホットスポット(その瞬間燃えていると思われる地点)を表しています。ホットスポットを起点として、森林火災による煙が太平洋側に大量に放出されている様子が見て取れます。
また、図4は温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」(GOSAT)搭載の雲エアロソルセンサ(CAI)によって観測された画像で、火災前と火災後の差分から、2020年9月3日時点で焼失したと推定される範囲を抽出しています(赤い点)。
このように「しきさい」や「いぶき」に搭載されているような光学センサでは、目に見える火災の様子や変化を捉えることは可能ですが、雲や煙の下の地表面の状況まではわかりません。これに対して、陸域観測技術衛星「だいち2号」(ALOS-2)搭載のLバンド合成開口レーダ「PALSAR-2」は、雲や煙を透過する電波を用いているため、昼夜、天候関係なく地表面を観測可能となっています。図5は、2020年9月1日における可視画像とALOS-2/PALSAR-2画像の比較図です。「しきさい」では煙が上空を覆っているため、地表面の変化は見えませんが、PALSAR-2画像では、森林分布を検知できるHV偏波画像を火災前と火災後とで合成することで、森林の焼失したエリアを鮮明に抽出することができています(図5右図の赤色の領域)。
図3. 「しきさい」により観測された2020年9月9日のアメリカ西海岸の可視画像とホットスポット
「しきさい」の熱赤外バンドを用いて、日射のない夜間に一定の閾値を超えた輝度温度となっているピクセルをホットスポットとして検出した。ホットスポットを起点として、森林火災による黄色がかった煙が太平洋側に大量に放出されている様子が見て取れる。
図5. 2020年9月1日における火災域の可視画像とPALSAR-2画像の比較
中央:「しきさい」による火災域拡大図(可視画像)。黃線は米国National Interagency Fire Center公開の9月10日までの延焼範囲。
大気環境への影響
森林火災が直接的にダメージを与えるのは、森林自体や周辺の陸域生態系です。しかし、森林火災によって放出される二酸化炭素やエアロゾル粒子(大気中を浮遊する塵)等は、大気環境や火災現場から離れた場所に対しても、二次的に影響を及ぼします。
「しきさい」では近紫外線観測と偏光観測を用いてエアロゾル分布を測定することが可能です。図6では、近紫外線バンド(0.38µm)を用いて算出した2020年8月1日から2020年9月11日までの陸上エアロゾルの光学的厚さ(AOT: Aerosol Optical Thickness)の画像を、時系列順で並べて示しています(1週間平均)。火災の発生した8月16日を境にサンフランシスコ近辺のAOTが急激に上昇し、火災によって発生した微粒子が大気中に放出されていることがわかります。また、風の影響で火災発生地のカリフォルニア上空から、東側へエアロゾルが移動している様子も見て取れ、広範囲にわたる大気汚染が心配されます。
図7では、サンフランシスコ近辺における1日ごとのAOTと、熱赤外バンドを用いて夜間に検出されたホットスポットのピクセル数を比較しています。ホットスポットのピクセル数の変化を見ると、8月16日頃から火災域が広がり、一度8月末で収まりかけたものの、再度9月に入って火災の勢いが増していることがわかります。また、AOTとの比較からホットスポットの増減に伴って大気に放出されるエアロゾル量も変化していることがわかります。こうした高濃度のエアロゾルは人体にとって有害であるとともに、火災の発生頻度によっては、気候変動にも長期的には影響を及ぼすと考えられているため、衛星を用いた広範囲かつ定常的なモニタリングが今後も重要です。
図7.「しきさい」観測によるエアロゾル光学的厚さ(AOT)とホットスポットの数の変化
上段:図6の赤枠内における平均AOTの日変化。ホットスポットの増減に合わせてエアロゾルも増減していることが分かる。
下段:熱赤外バンドを用いてアメリカ西海岸で検出された夜間ホットスポットピクセル数の日変化。8月末に一度火災が収まりかけたものの、再度急速に火災が拡大していることが分かる。
まとめ
今回は、複数の地球観測衛星の強みを活かして、カリフォルニア森林火災の背景、被害状況、そして大気環境への影響について可視化を行ないました。森林火災は、人間を含む現地の生態系に多大な影響を与えるだけでなく、森林の燃焼に伴う温室効果ガス放出による地球温暖化や、エアロゾル等の放出による大気汚染に繋がる可能性があります。また、温暖化が進むと干ばつや熱波といった事象が増え、森林火災の発生確率が高まるという悪循環に陥ります[Bowman et al. (2017), University of East Anglia (2020)]。広範囲かつ定常的に地球を観測可能な衛星を活用することで、こうした大規模火災が起きる背景要因や火災による地球環境への影響を正しく理解していくことが今後も重要となります。
観測画像について
図1
観測衛星 | 全球降水観測計画主衛星(GPM core observatory) |
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観測センサ | 全球降水マップ(GSMaP) |
観測日時 | 2020年2月 |
図2,3,5,6
観測衛星 | 気候変動観測衛星「しきさい」(GCOM-C) |
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観測センサ | 多波長光学放射計(SGLI) |
観測日時 |
2020年8月8日~14日(図2) 2020年9月9日(図3) 2020年9月1日(図5、左・中) 2020年8月1日~9月11日(図6) |
図4
観測衛星 | 温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」(GOSAT) |
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観測センサ | 雲・エアロソルセンサ(TANSO-CAI) |
観測日時 |
2020年8月1日(左) 2020年9月3日(中) |
図5(右)
観測衛星 | 陸域観測技術衛星2号「だいち2号」 |
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観測センサ | フェーズドアレイ方式Lバンド合成開口レーダ(PALSAR-2) |
観測日時 |
2020年7月7日 2020年9月1日 |