利用事例
2013.04.23(火)
アフリカ・ビクトリア湖の公衆衛生〜感染症予防への衛星利用〜
アフリカ大陸中央の東部にあるビクトリア湖は、アフリカでは最大(面積69,485km2)、世界の淡水湖では2番目の広さの古代湖です(図1上図)(参照1)。エジプトまで流れているナイル川の源流であり、ケニア、ウガンダ、タンザニアに生活する人々に飲料水をはじめとした生活用水を供給する重要な水源でもあります。
この湖には1950年代、ナイルパーチという外来種の肉食の魚が食用に放流されていましたが、近年湖固有種の魚であるシクリッド(カワスズメ)数百種が姿を消す一方で、体長2mを超すナイルパーチは当地を代表する水産物となり、現地で加工されヨーロッパや日本などに輸出されています。
またビクトリア湖北東部のカビロンド湾(ウィンナム湾)では、1998年以来、緑の絨毯のように湖面を覆う浮草のホテイアオイやラン藻(アオコ)が大繁殖したため、釣船やフェリーの入出港や湖上航行の妨げになり、さらに水辺の環境劣化による浄水コスト増など、周辺に住む人たちへの悪影響が顕在化しています。これらの水生植物の異常発生の原因は、キスム(図1下図)など湖周辺の都市人口の増加による、生活排水や農作物への肥料が降雨により湖に流入することによる富栄養化と見られています。ホテイアオイやヨシなどの水生植物(図2)は、窒素やリンを吸収し富栄養化した水環境を回復する役割を果たす一方で、枯死した植物の有機物を分解する水環境の能力を超えると、湖岸や水底に堆積したり浮島状に浮遊したりして、植物プランクトンから動物プランクトン、さらに魚介類などの動物への物質循環や食物連鎖に異常がおこる可能性が挙げられています(参照2)。
また、ホテイアオイは、低木に囲まれて湖岸に繁殖し波を防ぐ役割を果たしますが(図2)、マラリア媒介蚊の種類によっては、幼虫の生息地となることや、ホテイアオイの根やアオコなどが、コレラ菌を媒介する可能性が示唆されるなど、公衆衛生の観点からも、その動態が注目されています。このような公衆衛生、感染症の流行などは、地域の問題のみならず国際社会への影響も懸念されはじめています(参照3,4,5)。
これらの広範にわたる環境変化を継続して捉えるためには、中分解能で頻繁に地表面、水面、大気の状態を同時に繰り返し観測できるセンサが必要です。MODISは現在NASAが運用中の衛星TerraとAqua搭載のセンサで、図3のように光や赤外線の波長帯ごとに観測し、疑似カラー合成画像(R:MODIS31熱赤外放射輝度温度、G: MODIS2 (近赤外)、B: MODIS1(赤))により、特に重要な環境要因を強調して示すことに役立ちます。ここではカビロンド湾奥の懸濁水や水生植物の集積状況と同時に陸上の植生の活性度から土壌の乾燥や湿潤状態など、湖に流入する河川の流域環境も併せて一望でき、環境と異常な事象を総合的に把握する情報化が可能です。ここに例示します画像(図3)は、10月〜11月の小雨期の初めで、湖岸沿いのサバンナ(熱帯草原)の地表の変化が見られます。赤く見えるのが地表面、水面、大気などが高温であること、緑は植生、青は赤っぽい表土や懸濁水、短い波長の光を減じる雲とみられます。上の画像でピンク色の所は、赤と青が混ざった箇所で、赤の地表面温度が高い箇所と青の赤い土の色が混ざった状態とみられます。下の画像のオレンジ色〜黄色は、赤と緑が混ざった状態で、赤は地表面温度が高く、緑は植物の近赤外反射が強くなった状態であり、雨後に植物が活力を取り戻し始めた状態とみられます。同時に河川水の流入による湖水の懸濁が青の領域の変化で見られます。日本では全球環境観測衛星ADEOSのOCTS、ADEOS-IIのGLI、今後打上げ予定のGCOM-CのSGLIと継続して改善してきたMODISと同種であり独自の機能性能を持つセンサがあり、欧米とのデータの相互利用可能とすることで、雲なし画像の取得に十分な観測頻度の達成が期待されています。
図3 中分解能MODIS疑似カラー画像により強調された水色、植生や土壌、雲の様子
(上図:2008年10月31日08:05 UT、下図:2009年11月19日11:15 UT)
出典:長崎大学大学院工学研究科 森山研究室
一方、水生植物の分類には、高分解能の衛星画像が必要となり、ALOS、Landsat、SPOTなどの光学センサや合成開口レーダが役立ちます。図4のALOSのカラー画像2枚は、RGB(赤緑青)の3色からなる合成画像ですが、左図は人間の目で見た場合最も自然の色合いに近い配色で、センサの各観測バンドに、R:バンド3(赤)、G: バンド2(緑〜黄)、B:バンド1(青〜緑)とRGB各色を割り当てた画像です。右図は、植生の密度や活性度が高いほど鮮やかな赤で表現され、植生の密度や活性度を把握しやすくするために用いられるカラー合成で、R:バンド4(近赤外)、G: バンド3(赤)、B:バンド2(緑〜黄)と割り当てた画像です。右図の湖岸沿いの鮮やかな赤色は、密度や活性度の高い植物とみられ、ホテイアオイや岸辺に根を張るヨシや灌木などの植物が見られたところです。一方西側の湖面に薄いベールが漂うような滑らかなパターン(図5点線の楕円)が見られますが、アオコと思われます。
ビタ地区からルシンガ島に渡る道路は埋め立てた土地の上に造られ、東西の水流が遮断され、西側は海のように干満の波が絶えず湖岸に打ち寄せ、常に水の流れがあり透明度の高い水ですが、東側は水の動きは少なく湖水は濁った状態です。東西の湖水の色の違いは衛星画像からも良く分かります。東側の淀んだ湖水は、青緑から黄褐色、白濁と微妙な色の変化を示し、動植物の有機物や栄養塩を含んだ泥流、生活排水など、水色変化の原因の解明も公衆衛生上の課題と見られます。
TOPEX/Poseidon以来継続する衛星高度計の観測データ(参照6)によれば、ビクトリア湖の水位は、1992年の観測開始からの10年平均値を0として約±1m変動しています。2006,2007年の最低水位記録後2012年頃までのゆっくりとした水位回復期中の2006年3月19日、この湖岸線沿い(矢印の地点)にラグーン(大きな池)が形成されていることが衛星により観測されており(参照7)、その後の降雨量、水位の増減と周辺でのマラリア媒介蚊の捕獲数に相関が見られ、当地域住民の幼児感染率が高かったことが調査されています。図5の衛星画像(観測日2010年12月5日)には、この時点で水位が回復しており、ラグーンは湖面の下に沈んで見られません。
湖の水位の変化や窪地に池沼を生じさせる降雨も重要な気象要因ですが、熱帯降雨観測衛星TRMMによる長期継続観測によって降雨の気候変化を捉えています。図6はエルニーニョ期とラニーニャ期の降雨分布の違いを示した事例で、ビクトリア湖周辺では、エルニーニョ期に降雨があり、ラニーニャ期に降雨が見られません。これらの中期気象変動の地域気象への影響もマラリア蚊の発生予測に重要な情報源と考えられます。TRMMの降雨量の画像データは、月平均の画像とバイナリデータをJAXA地球観測研究センターのウェブ(参照8)から公開しています。
TRMMは1997年の打上げ後、設計寿命をはるかに超える長寿衛星となり、2012年には15周年を迎えました。今年打上げが計画されている全球降水観測衛星GPMに引き継がれる予定であり、生物にとって貴重な水源となる雨と雪を観測します。
3か月平均降雨量 (mm/ 3 months)
図6 エルニーニョ期(上図)とラニーニャ期(下図)の3か月平均降雨量分布図
(上図:2002年12月〜2003年2月、下図:2005年12月〜2006年2月)
長崎大学熱帯医学研究所は、ビクトリア湖の東端、ケニア西部に位置する湖畔のビタ地区にある国際昆虫生理生態研究所(ICIPE)の構内の一角に拠点を構え、マラリア、コレラなどの感染症対策のため現地の人たちの診療や疫学調査に加えて、定期的にインタビュアが戸別訪問し、住民の「健康および人口登録・動態追跡調査システム(HDSS: Health and Demographic Surveillance System)」による情報システム化を行いました。この情報によって得られる知見に基づき、地域を巡回し蚊帳の配布やマラリア対策の公衆衛生教育などを続け、医療と予防による成果が上がってきました。リモートセンシング技術を用いた公衆衛生分野への活用を行うため、昨年JAXAは共同研究を開始しました。今後、ビクトリア湖の生態環境が周辺地域におけるマラリアやコレラなどの感染症流行にどのような影響を及ぼしているのか明らかにし、感染症予防に役立てて行く予定です。
衛星画像(図7)の中央から下にホマベイ市街地が見られます。南北に走る道路が湖岸にぶつかる辺りが漁船やフェリーの港で、漁船から魚を水揚げし加工しています。この画像が得られた2010年12月には、海上に漂う模様が見られます。左図からは緑色から白みを帯びた緑色、右図ではやや青みがかった赤色ですが、それぞれ緑色と近赤外の反射スペクトルが強く出ており植物と見られますが、岸辺沿いの植生とみられる濃い緑色(左図)、濃い赤色(右図)と比べると弱く、疎らに分布するホテイアオイかアオコと見られます。
このように、ビクトリア湖周辺では、長い時間をかけて変わってきた環境の異変に気づき、その原因と環境への影響からさらに人間の活動に何が起こるのかを予測し、適切な対策を講じるために必要な情報収集とデータ解析が急務と考えられます。そのために、広域の環境を長期にわたり継続的に観測してきた高分解能衛星や環境観測衛星から取得した複数衛星データの活用が始まっています。
参照サイト
観測画像について
観測衛星: | 環境観測技術衛星「みどりII」(ADEOS-II) (図1上図) |
観測センサ: | グローバルイメージャ(GLI) (図1上図) |
観測日時: | 2003年5月25日〜6月9日(16日間)(図1上図) |
地上分解能: | 1 ㎞ |
地図投影法: | メルカトール図法 |
上記の16日間のデータから雲なしコンポジット(合成) 画像です。
特殊なチャンネルの組み合わせで、短波長赤外域の1,640ナノメートル(チャンネル28)、近赤外域の865ナノメートル(チャンネル19)、可視光の 678ナノメートル(チャンネル13)の観測データに、それぞれ赤、緑、青色を割り当てて合成したので次のように見えています。
薄緑色〜深緑色: | 植生 |
ピンク〜薄赤色: | 裸地、土壌 |
紫色: | 都市 |
深青色(塗りつぶしてあります): | 水域 |
観測衛星: | ランドサット (米国)(図1下図) |
観測センサ: | セマティック・マッパー (TM)(図1下図) |
観測日時: | 1995年3月17日、2009年6月27日(図1下図) |
観測衛星: | 地球観測衛星Aqua/Terra (図3) |
観測センサ: | 中分解能スペクトロメータ MODIS (NASA) 疑似カラー画像(R: MODIS31輝度温度、G: MODIS2 (NIR)、B: MODIS1 (R))(図3) |
観測日時: | 2008年10月31日08.05 (UT),(図3上)2009年11月19日11.15 (UT) (図3下) |
観測衛星: | 陸域観測技術衛星「だいち」(ALOS)(図4) |
観測センサ: | 高性能可視近赤外放射計2 型(AVNIR-2), パンクロマチック立体視センサ(PRISM)のパンシャープン・トゥルーカラー画像(図4左)、フォールスカラー画像(図4右) |
観測日時: | 2010年12月5日(図4) |
観測衛星: | 陸域観測技術衛星「だいち」(ALOS)(図5) |
観測センサ: | 高性能可視近赤外放射計2 型(AVNIR-2), パンクロマチック立体視センサ(PRISM)のパンシャープン・トゥルーカラー画像(図5) |
観測日時: | 2010年12月5日(図5) |
観測衛星: | 熱帯降雨観測衛星(TRMM)(図6) |
観測センサ: | 降雨レーダ(PR) 3か月平均降雨量分布図(図6) |
観測日時: | 2002年12月〜2003年2月(図6上)、2005年12月〜2006年2月(図6下) |
観測衛星: | 陸域観測技術衛星「だいち」(ALOS)(図7) |
観測センサ: | 高性能可視近赤外放射計2 型(AVNIR-2), パンクロマチック立体視センサ(PRISM)のパンシャープン・トゥルーカラー画像(図7左)、フォールスカラー画像(図7右) |
観測日時: | 2010年1月17日(図7) |