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2024.08.15(木)

衛星データとシミュレーションの融合による東北地方豪雨被害の監視・予測

2024年7月25日から26日明け方にかけて、東北地方では山形県と秋田県を中心に記録的な大雨となりました。被害を受けられた方々に対し、謹んでお見舞い申し上げます。JAXAでは、全球降水観測計画(GPM)主衛星と衛星全球降水マップ(GSMaP)による降水状況の監視や、様々な衛星データを融合する陸域水循環シミュレーションシステムToday’s Earthによる地上の水害リスクの推定、陸域観測技術衛星2号「だいち2号」(ALOS-2)による浸水域の推定を行っています。今回はそれらの速報的な結果をご紹介します。

東北地方を襲った豪雨のGSMaPによる観測

衛星全球降水マップ(GSMaP)プロダクトは、GPM主衛星データと水循環変動観測衛星しずくに搭載されたAMSR2をはじめとする複数のコンステレーション衛星群(GPM計画に参加する各国・機関の人工衛星群)データから全球の降水分布を算出しています。降雨の監視において、日本では雨量計やレーダによる観測網が整備されていますが、GSMaPはそれらではカバーできない海上や、観測地点の少ない国々を含めた状況を把握するのに極めて有効です。図1は、2024年7月24日からのGSMaPによる日本周辺の1時間毎の降水の変化と、積算降水量をそれぞれ動画で示しています。これを見ると、東北地方を中心に強い降水が持続的に発生していたことがわかります。
GSMaPは1998年から現在におけるまで、全球の降水量データの提供を行っています。こうした長期における観測データの蓄積のおかげで、今回の降水量が過去の雨と比べてどの程度稀な事象であったのかを、豪雨指標として統計的に推定することができます。図2は、7月25日におけるGSMaPをもとに計算した豪雨指標です。豪雨指標は、過去20年以上にわたる同じ地点での24時間の平均雨量と比較して、対象日時における24時間雨量が上位数パーセント以上に相当する激しい降水があった領域として計算されます。図2を見ると東北地方に濃いピンク色の領域があり、過去の統計と比べても極めて稀な極端豪雨が降っていたことが分かります。こうした豪雨指標は、「世界の雨分布統計」ページからどなたでもご覧いただけます。

図1. 2024年7月24日9:00~26日9:00(日本時間)の衛星全球降水マップ(GSMaP)による時間平均降水量[mm/h](上)と積算降水量(下)の観測。
図2. GSMaPの過去22年の統計値から算出した豪雨指標(90, 95, 99パーセンタイル値)。

Today’s Earth – Japanによる水害リスクの推定

防災・減災の観点で降水の情報はとても重要ですが、豪雨が降っている場所と地上で水害が起こる場所は必ずしも一致するものではありません。それは、雨によってもたらされた水が地形や土壌の状態によって流れたり浸透・蒸発したりするからであり、実際にどこで水害リスクが高まっているかを正確に知るには、そのような水の挙動(水循環)を物理に基づき計算・推定する必要があります。JAXAでは、衛星観測に基づき全球の水循環を詳細に把握するため、水循環シミュレーションシステム「Today’s Earth」を東京大学と共同で開発・運用しています。その日本域版である「Today’s Earth – Japan (TE-Japan)」では、河川流量や地上からの蒸発散量、土壌中の水分量など、日本の水に関わる情報をどなたでもウェブページでリアルタイムに閲覧することが可能です。TE-Japanは、より精度の高い水循環の推定を目指し、ALOS(だいち)シリーズなどの観測による高解像度土地利用土地被覆図や、静止気象衛星ひまわりによる日射量の利用を開始し、2024年7月2日にメジャーバージョンアップを行っています(詳しくは公開ドキュメント参照)。
それでは、実際に観測された降水量(気象庁解析雨量)をTE-Japanに入力して得られた推定結果を見てみましょう。図3左は、TE-Japanが推定した洪水リスクレベル(※1)の時間変化です。TE-Japanでは現在、「200年に一度以上の規模の河川水位」が推定された際、洪水リスクが極めて高いとしていますが、今回はその値に相当する黒色の領域が、実際に大きな被害が出た秋田県(雄物川・子吉川周辺)・山形県(最上川周辺)を中心に推定できていることがわかります(ウェブページはこちら)。この時の国交省・気象庁発表資料においても、同エリアで洪水害・浸水害の危険度分布(キキクル)が高いリスクを示しており、TE-Japanでも適切に水害リスクを推定できていると考えられます。

図3. 2024年7月25日9:00~26日21:00(日本時間)のTE-Japanが推定した洪水リスクレベルの時間変化(気象庁解析雨量を入力に用いた解析値)。水色の線が最上川、×印は堤防欠損が発生した地点。200年以上の再帰期間が推定されている黒色のエリアが洪水リスクが特に高かったと考えられる。(クリックすると再生します。)

図3のような情報は、実際に雨の観測が得られた後に推定できるものであり、リアルタイムに得られる情報ではありません。それでは、こうしたリスクを事前に知ることはできないのでしょうか。TE-Japanでは、気象庁の気象予測データを入力として用いることで、30時間以上先までの予測シミュレーションを実現しています。今回、実際に最上川で堤防欠損が発生した山形県戸沢村(図3中×印で示す地点)を一例としてリスクの予測結果を事後検証しました。
図4は、3時間毎に行う39時間先までの予測シミュレーション結果であり、同地点においてどのタイミングで高いリスクが推定されていたかを示す図です。7月25日午前中に開始した予測では高いリスクを推定できていませんが、同日午後からの予測になると徐々にリスクが現れ始め、21時にスタートした予測で初めて洪水リスクレベル5以上の高いリスクが推定され始めていることが確認できます。今回はアラートが出てから実際に大きな被害が発生したと考えられる25日深夜~26日早朝までのリードタイム(猶予時間)はそれほど長くありませんでしたが、準備に十分な猶予時間が確保できるようになれば、被害軽減に貢献できる可能性があると考えられます。こうしたTE-Japanによる予測結果は、共同研究機関や、後述する「だいち2号」災害対応チームにも定常的に提供され、活用されています(※2)。

図4. 2024年7月25日0:00~26日0:00(日本時間)の間に実施された、山形県戸沢村(図3中×印で示す地点)におけるTE-Japanによる3時間毎の予測シミュレーション結果。異なる色の線は、それぞれ異なる予測開始時刻からの39時間予測を示し、縦軸の再帰期間200年を超えるとTE-Japanのアラートと定義されている。(クリックすると拡大します。)

TE-Japanによる十分事前のリスクの推定には、洪水シミュレーション自体の改良も重要ですが、入力となる気象予測の不確実性の低減も重要です。特に今回のような局地的な豪雨は長時間先の予測降水量の不確実性が大きく、雨が予測された場所が実際の豪雨発生場所と少しでもずれると事前の洪水リスク推定に大きな影響が出ることがあります。そのためJAXA・東大は、機械学習を用いた予測降水量の不確実性低減についても共同で研究開発を行っており、リスク情報の高精度化を目指しています(詳しくはこちら)。

「だいち2号」による浸水域の推定

地表を撮像する衛星を用いると、これらの豪雨による地上での被害の状況も推定することもできます。JAXAでは、防災機関からの要請を受け、2024年7月25日から26日にかけて陸域観測技術衛星2号「だいち2号」(ALOS-2)による緊急観測および観測データからの浸水範囲の推定を行い、推定結果を防災機関に提供しました。
図5に、今回「だいち2号」で緊急観測および浸水域推定を行った範囲を示します。「だいち2号」搭載のLバンド合成開口レーダ「PALSAR-2」は、夜間や悪天候でも地表の画像を取得することができ、災害時の迅速な状況把握に貢献しています。

図5. 「だいち2号」による緊急観測の観測日時
図6. 「だいち2号」で推定した秋田県秋田市・由利本荘市周辺の浸水範囲(青色部分)。(a) 2024年7月25日12時30分頃、(b)2024年7月26日23時45分頃。(クリックすると拡大します。)
図7. 「だいち2号」で推定した山形県最上郡戸沢村周辺の浸水範囲(青色部分)。2024年7月26日23時45分頃。(クリックすると拡大します。)

図6は、(a)7月25日12時30分頃および(b)7月26日23時45分頃の「だいち2号」データから推定された秋田県秋田市(雄物川周辺)および由利本荘市(子吉川周辺)付近の浸水範囲です。(a)(b)を比較すると、推定浸水域が全体的に減少しており、時間とともに水が引いている様子を示していると考えられます。
図7は、7月26日23時45分頃の「だいち2号」データから推定された山形県最上郡戸沢村周辺の浸水範囲です。図の中央付近を東西に流れる最上川の左岸(南側、蔵岡地区)に浸水域が見られます。最上川流域ではこの地区以外でも浸水の報告がありますが、「だいち2号」の観測時点では水が引いていたと考えられます。「だいち2号」によって推定される浸水範囲は、必ずしも浸水の最大範囲ではなく、観測した時点における浸水範囲であり、「だいち2号」(日本全国いずれの地域も概ね昼の12時前後または夜の0時前後に観測できる軌道を周回)の観測できない時間帯では、これまで述べてきた予測シミュレーションなどの手段により水害リスクを推定する必要があります。
上記の浸水域推定には「だいち2号」データのほか、推定の高速化と高精度化のためにTE-Japanのデータも活用されています。浸水域推定は自動処理で行われ(※3)、推定結果は連携する防災機関に観測後2時間程度以内に提供されました。

より高度なリスク情報の提供に向けて

このように、JAXAでは衛星観測によるデータと、それらを活用した数値シミュレーションによる情報を組み合わせながら災害時の情報提供を行っています。衛星観測と数値シミュレーションは相補的な関係でもあり、それらを上手く融合させることで、正確でかつ時空間的に途切れのない4次元的な情報提供が可能となります。JAXAは、今後も共同研究機関と連携し、衛星観測と数値シミュレーションの融合の高度化を通じてより高度なリスク情報の提供ができるよう、研究開発を継続していきます。


※1 洪水リスクレベルは、TE-Japanが推定した河川水位の「再帰期間」に基づいて計算される5段階の指標です。「再帰期間」は前述のGSMaP豪雨指標と似た考え方で、過去の長期シミュレーション統計に基づいて「今回の事象が何年に一度規模のものであったか」を計算するものです。

※2 現在、TE-Japanによる予測データは気象業務法により共同研究機関に限って提供を行っています。一般公開ウェブページからは現在時刻までの情報をご覧いただけます。

※3 M. Ohki, K. Yamamoto, T. Tadono, K. Yoshimura “Automated Processing for Flood Area Detection Using ALOS-2 and Hydrodynamic Simulation Data” Remote Sensing 2020, 12 (17), 2709. https://doi.org/10.3390/rs12172709


文:JAXA/EORC 山本晃輔・大木真人

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