利用研究

2023.10.12(木)

しきさい衛星による大規模林野火災に伴うエアロゾルの気候影響推定(論文解説)

– はじめに –

林野火災は地球温暖化に伴う熱波や干ばつの増加により、今世紀末までその強度及び頻度が増大することが予測されています。実際、今年2023年はカナダやギリシャ、ハワイを始めとして世界各地で記録的な林野火災が発生しました。林野火災が発生すると、温室効果ガスであるCO2を放出する一方で、太陽光を遮る効果を持つエアロゾルも大量に放出することが知られています。将来の気候変動を精度よく推定するためには、こうした林野火災起源の物質放出による正味の影響を正しく見積もる必要がありますが、一般にエアロゾルが地球に与える冷却または加熱効果は推定誤差が大きく、火災エアロゾルもその例外ではありません。今回の記事では、多波長光学観測(19種類の光を観測可能)を特長とするJAXAの地球観測衛星「しきさい※1」のデータを解析することで、火災エアロゾルが気候に与える影響について調査しました。
なお本研究成果は、2023年8月26日にJournal of Geophysical Research: Atmospheres誌に掲載されました※2。

サムネイル:「しきさい」によって観測された2021年7月23日のアメリカ西海岸の火災煙の様子(左:可視画像、右:エアロゾルの光学的厚さ)

※1 しきさい
しきさい(GCOM-C: Global Change Observation Mission – Climate)は、2017年12月23日にJAXAによって打ち上げられた気候変動観測衛星である。近紫外から熱赤外域(380nm~12µm)において多波長観測を行う光学放射計SGLIを搭載する。

※2 論文情報
論文名:Aerosol Optical Properties of Extreme Global Wildfires and Estimated Radiative Forcing With GCOM-C SGLI(GCOM-C SGLIによる大規模林野火災のエアロゾル光学特性と放射強制力の推定)
著者名:棚田和玖1、村上浩1、早坂忠裕2、吉田真由美3(1国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構、2東北大学大気海洋変動観測研究センター、3一般財団法人リモート・センシング技術センター)
雑誌名:Journal of Geophysical Research: Atmospheres (米科学誌)
DOI :https://doi.org/10.1029/2022JD037914
公表日:日本時間2023年8月26日(土)(オンライン公開)
URL:https://agupubs.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1029/2022JD037914

(1)各地域における火災エアロゾルの光学特性

本研究では、まず気候変動観測衛星「しきさい」を用いて2018年以降に世界各地で発生した大規模な林野火災に伴うエアロゾルの光学特性※3について解析を行いました。図1は林野火災による月間平均炭素放出量を示しており、特に炭素放出の多い(=火災の多い)世界の6つの地域(ブラジル、アンゴラ、オーストラリア、カリフォルニア、シベリア、東南アジア)を今回の調査対象としました。しきさいでは近紫外線バンド(0.38µm)を始めとした多波長観測を用いることでエアロゾルの光学特性を知ることができます。図2では、光の散乱割合を示す単散乱アルベド(SSA)とエアロゾルの粒径を示すオングストローム指数(AE)を散布図で表すことで、各地域で起きた火災エアロゾルの特徴の差異を示すことができています。さらに各地域の相対湿度や土地被覆の情報も合わせて解析を行った結果、相対湿度が高くなるほど粒子サイズおよびSSAが大きくなることや、燃えた植生(=エアロゾルの起源)の種類によってもその関係性が変化する可能性があることが分かりました。

※3 エアロゾルの光学特性
エアロゾルが存在すると光は消散(散乱または吸収)される。この消散の結果、どれだけ光が減衰するかを表した指標をエアロゾル光学的厚さという。この光学的厚さの波長依存性を表す指標をAE(オングストローム指数)といい、一般にAEが小さいほど粒子サイズが大きくなるという関係性がある。また、消散(散乱+吸収)に対する散乱の割合のことをSSA(単散乱アルベド)という。例えば、黒色炭素(すす)などは光を良く吸収するためSSAが小さいとされる。これらの光の消散に関連する指標をエアロゾルの光学特性という。

図1:本研究で解析を行った6地域の場所を青枠で示した。カラーバーは2018年~2021年に発生した林野火災による月間平均炭素放出量を示しており、赤色の地域は特に火災が多く発生していたことを示す(Global Fire Emissions Databaseを使用)。
図2:しきさい衛星によって観測された世界の6地域における火災エアロゾルの光学特性(SSA vs. AE)の散布図。右上にいくほどエアロゾルの粒子サイズは小さく、光をよく散乱するエアロゾルとなり、左下にいくほどエアロゾルの粒子サイズは大きく、光をよく吸収するエアロゾルを示す。例えば2019年12月から2020年1月にかけて発生したオーストラリア火災のエアロゾルは他の地域のエアロゾルに比べて光をよく吸収するような濃い色の(=冷却効果が薄い)エアロゾルだったことが分かる。

(2)エアロゾルの時間変化

続いて、我々は個々の火災エアロゾルが移動する様子を追跡することにより、時間経過によって光学特性がどのように変化するか調査しました。図3はオーストラリア東海岸及びカリフォルニア州で発生した火災の様子を「しきさい」が捉えたものです。左から可視画像、エアロゾルの光学的厚さ、光学特性(SSAとAE)の変化を示しています。可視画像を見ると火災によって発生した煙が矢印の方向へ流れている様子が分かります。この矢印に沿ってエアロゾルの光学的厚さを調べることにより、エアロゾルが濃い領域(=移動経路)を追跡することができます。この移動の軌跡に沿ってエアロゾルの光学特性を解析することで、エアロゾルが発生地点から遠くへ流されていく(=時間経過)とともに、光学特性(SSAとAE)が変化する瞬間を捉えることができました。時間とともにAEが小さく(粒形が大きく)なり、SSAが大きくなる要因としては、エアロゾルが周囲の水分を吸収して大きくなる(吸湿成長)ことで水に近い散乱特性に変化したことなどが主として考えられます。こうした結果は、相対湿度や土地被覆といった地域の差異だけでなく時間経過によっても光学特性が変化することを示すものであり、将来の気候影響を正しく見積もる上で重要なモデルの物理プロセスの改善などに役立つ可能性があります。

図3:しきさい衛星によって観測されたオーストラリア東海岸及びカリフォルニア州で発生した火災の様子。(左)火災によって発生した煙が矢印の方向へ流れている様子が分かる。(真ん中)エアロゾルの光学的厚さを調べることにより、エアロゾルが濃い領域(=移動経路)を追跡することができる。(右)エアロゾルが発生地点から遠くへ流されていく(=時間経過)とともに、光学特性(SSAとAE)が変化する様子が分かる(黒色から黄色になるほど発生場所から離れていることを示す)。

(3)林野火災エアロゾルが地球に与える冷却効果

一般にエアロゾルは太陽光を遮る日傘効果を持つと言われており、地球を冷却する効果があることが分かっています。ただし、エアロゾルの中でもススなどの黒色炭素を多く含む場合、太陽光を吸収する(SSAが小さい)性質を持つため、地球を加熱する効果を持つこともあります。本研究では、各地域における林野火災エアロゾルによる直接効果※4が、太陽光エネルギーの入射と出射のバランスにどのような影響を与えるか実際に計算を行いました。具体的には、エアロゾルが存在するとき(火災が特に激しい10日間平均)と存在しないとき(火災が起きていないときの10日間平均)において、衛星で観測される大気上端の短波放射エネルギーの差分を取ることでエネルギー収支を求めました。その結果、いずれの火災においてもエアロゾルは冷却効果を示し、特に陸上と比べると海上のエアロゾルは7-9倍の冷却効果があることが分かりました(図4)。これはエアロゾルの気候影響を見積もる際には、エアロゾル固有の光学特性に加えて、エアロゾルがどのような地表面上にあるかを考慮することが重要であることを示す結果となります。

※4 エアロゾル直接効果
エアロゾルには、太陽放射をエアロゾル自身が散乱・吸収する直接効果と、エアロゾルが水雲の凝結核や氷雲の氷核として作用し、雲の反射率や寿命を変化させることで間接的に放射エネルギー収支に影響を与える間接効果が存在する。本研究では直接効果による放射エネルギー収支を扱った。

図4:世界の6つの地域で発生した林野火災エアロゾルによる放射エネルギー収支。値が正であれば加熱効果、負であれば冷却効果を示す。全ての地域で冷却効果が観測され、特に海上で大きな冷却効果があったことが分かる(今回海上でエアロゾルが観測されたのはオーストラリアとカリフォルニアのみ)。これは陸面に比べて海面の太陽光の反射率が極端に低く、火災エアロゾルが反射する放射エネルギーと非火災時の放射エネルギーの差異が大きくなるためである。

(4)本研究で分かったこと

今回の研究では、広範囲・高頻度・多様な物理量観測という強みを持つ「しきさい」を活かすことで、世界の6地域における大規模林野火災に伴うエアロゾルの気候影響について調査を行いました。調査の結果得られた示唆は大きく以下の3つです。

  • 火災エアロゾルの光学特性は地域の湿度や植生に依存して変化すること
  • また、吸湿成長などを通して時間経過によっても変化すること
  • 今回対象とした6つの地域で発生した火災エアロゾルには地球を冷却する効果があること

個々の火災だけでなく、世界各地の大規模火災を系統的に解析し、その光学特性および冷却効果を観測的に示した本研究は、林野火災と気候が互いに与える影響を理解する上で重要であり、将来の気候変動予測精度の向上に貢献することが期待されます。また、これらの成果はJAXAが連携推進している文部科学省事業「気候変動予測先端研究プログラム(SENTAN)※5」における気候予測モデル開発にも繋がるものであり、今後の更なる成果が期待されます。

※5 気候変動予測先端研究プログラム(SENTAN)
令和4年度より文部科学省が推進する気候変動適応策・脱炭素社会の実現に向けた緩和策に活用される科学的根拠を創出・提供することを目指した研究プログラム(https://www.jamstec.go.jp/sentan/index.html)。JAXAは本プログラムの主管機関の代表者が所属する国立大学法人東京大学大気海洋研究所気候システム研究系、国立研究開発法人海洋研究開発機構地球環境部門環境変動予測研究センター、一般財団法人気象業務支援センター研究推進部第一研究推進室及び国立大学法人京都大学防災研究所気象・水象災害研究部門と、「文部科学省受託事業気候変動予測先端研究プログラムの実施に係る連携・協力の推進に関する協定」を2023年3月22日付で締結した(https://www.satnavi.jaxa.jp/ja/news/2023/04/21/7063/index.html)。

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