気象・環境
2023.10.11(水)
気候変動2023 第2回:南極域の冬季海氷面積が最小記録を更新
2023年の異常気象を取り上げる本シリーズ(特設サイト)の第1回では、海洋温暖化について解説しました。第1回でご紹介したJAXAが運用する高性能マイクロ波放射計「AMSRシリーズ」は私たちに身近な日本近海だけでなく、遠く離れた北極域と南極域での海洋観測も行っています。北極域は中心に位置する北極海を北アメリカ大陸やユーラシア大陸が取り囲み、南極域は中心に位置する南極大陸を南極海が取り囲む対照的な海陸分布を示し、北極海と南極海の両方で冬季の海水の凍結で海氷域が拡大し、夏の融解で縮小する季節変動を示します。“南極域の氷“というと、積雪によって形成される大陸上の氷床が真っ先に思い浮かぶかもしれませんが、大陸を取り囲むように海水を起源とする海氷域も存在し、生態系を育む舞台の一つとなっています。海氷は大気と海洋の間に介在し、気温と水温の両方の影響受けるため、気候変動の指標として利用されています。AMSRシリーズを利用すると、海氷域の季節的な拡大・縮小だけでなく、米国のマイクロ波放射計データも組み合わせて1978年から現在までの45年以上の長期的な変化傾向をとらえることができます。
図1はこれらの観測データから取得された年代ごとの北極域・南極域の海氷面積の季節変化を示しています。北半球と南半球では季節が逆転するため、9月は北極域(南極域)の海氷面積が1年の内で最も縮小(拡大)するタイミングです(以後、北極域の“夏季”海氷面積、南極域の“冬季”海氷面積と呼びます)。北極域では1990年代から2010年代にかけて海氷減少が進行し、2012年には夏季海氷面積が観測史上最小となりましたが、今年はそれに匹敵するほどの海氷減少は発生していません。一方で、南極域の海氷面積は2010年代まではほぼ同じ季節変動を示していましたが、今年は6月頃から海氷域の拡大が他の年に比べて進まず、例年海氷面積が最大となる9月において、冬季海氷面積として衛星観測史上最小値を記録しました。本稿では、この南極域での海氷域拡大の記録的な鈍化について解説していきます。
図1 (1)北極域、(2)南極域における海氷面積の季節変化の推移
- 毎年9月に北極域(夏季)は海氷面積最小、南極域(冬季)は海氷面積最大となる。
- 北極域:2012年に過去最小(夏季)を記録しているが、今年は2010年代と同水準に留まっている。
- 南極域:2022年、2023年と引き続いて過去最小(夏季)を記録。さらに今年は海氷拡大期である4月から9月の間で例年を大きく下回っている。
(観測衛星: DMSP/SSM/I [1991年1月-2002年6月]、Aqua/AMSR-E [2002年6月-2011年9月]、Coriolis/WINDSAT [2011年10月-2012年7月]、「しずく」GCOM-W/AMSR2 [2012年7月-])
南極域の海氷面積の変遷
まず、南極域の夏季海氷面積の経年変動を見てみましょう。図2はAMSRシリーズを含むマイクロ波放射計データから計算された2月の海氷面積の最小値の推移を示しています。前述のように、北極海は海氷面積が減少傾向にあった一方で、南極海では2015年頃までわずかに増加傾向にありました。両者で挙動が異なる原因は完全には明らかになっていませんが、気流や海流などの地理的条件の違いにより、南極域の海氷は人為起源の気候変動よりも自然変動に左右されやすいことが関連しているものと考えられています (※1)。いずれにしても、南極域の海氷面積の長期的な変化傾向に関しては、北極域に比べ劇的なものではなく、これまではそこまで注目されていなかったという背景があります。
南極域の海氷面積の傾向に変化が見られ始めたのは2016年春先(11月頃)のことです。南極海表層の高温化や北方からの暖気の移流によって海氷面積が減少し(※2、※3)、図2のように、2017年2月には過去最小値を記録しました。海洋表層の高温化は、遠隔的に影響を及ぼす「エルニーニョ・南方振動」と、よりローカルな「南半球環状モード」の2つの「気候モード(補足1参照)」の変化が組み合わさった結果であると推察されています(※2)。最小値となったのは短期的なイベントによる可能性も指摘されていましたが、その後も海氷面積は低いまま停滞し、2022年、そして2023年と続けて過去最小値を更新しています。2016年から始まった南極域の海氷の劇的な減少は、上記のような気候モードの変化ではなく、温室効果ガス排出に伴う長期的な南極海の温暖化が主要因となっている可能性を、ごく最近の研究が提唱しています(※4)。
図1に戻って、今年の海氷面積の季節変化について、前年までとの違いを詳しく見てみましょう。図1(2)で示されるように、南極海では例年3月頃から海面が凍結し始め、9月―10月頃に海氷域拡大のピークを迎えます。これに対して、今年の海氷面積は3-9月の期間に継続して、過去の平均より大きく下回っていることがわかります。最近7年間海氷面積が継続して例年の値を下回っている中で、特に今年、2023年は、前年までは見られなかった(南極域の冬季における)海氷域拡大の鈍化が特徴的であり、その点も注目されています。
図2.(上段)南極域の海氷面積の年最小値の推移
- 2015年頃までわずかに増加傾向だったが、以降は減少傾向となっている。
(下段)海氷面積の過去最少を引き続いて更新した2022年と2023年の2月にAMSR2が観測した海氷密接度分布
- 灰色の領域は南極大陸を表し、白線は同月の過去45年間の海氷域の平均的な拡がりを表している。
2023年冬季の海氷分布と海氷面積の停滞の原因
今年、2023年6月と9月の海氷密接度分布(図3)から、どこで海氷の拡がりが停滞しているのかもう少し細かく見てみましょう。図3(1)で示されるように、南極大陸の左側にはベリングスハウゼン海、左上にウェッデル海、下側にロス海といった海域があります。それらの海域に着目して平年の海氷域(白線)と比較すると、海氷拡大期の6月では海氷の南から北への張り出しが顕著に弱くなっていることがわかります。海氷域が最大となる9月にはベリングスハウゼン海は例年と同程度に回復していますが、ウェッデル海、ロス海などでは依然として全体的に海氷の張り出しが弱い状態が続いています。
今年の南極域の冬季の海氷面積が例年に比べ圧倒的に小さい原因は未だわかっていませんが、図2で紹介したような2016年頃から続く夏季の海氷減少によって海洋中に蓄積された熱(海洋熱貯蔵量)が、海氷生成を鈍化させていることが要因の一つとして考えられます。具体的には、平年に比べて夏季に海氷が少ないと、その分海面が露出して日射をより多く吸収します。それにより、海洋熱貯蔵量が増加して、秋と冬の海氷生成を妨げます。このように、露出した海面の分だけ海に吸収される日射の量が増え、ますます海氷が小さくなることを「海氷―海洋アルベドフィードバック」といいます(アルベド:入射する太陽光のエネルギーに対する反射光のエネルギーの割合)。2016年-2022年では南極域の夏季海氷面積の最小値と冬季の海氷面積最大値との間に相関があることが実際に確認されていることから(※4)、上記のような海氷と海洋の間のフィードバックが関連している可能性は十分ありえそうです。
図3(1) 2023年6月3日、(2) 2023年9月9日にAMSR2が観測した南極域の海氷密接度分布
- 図中の灰色領域は南極大陸を表し、白線は過去45年間の海氷域のそれぞれの日における平均的な拡がりを表している。
- (1)では黄丸で示す海域で顕著な海氷損失が見られる。
- 3カ月経過した(2)の分布においても全体的に張り出しが弱い状態が続いている。
南極域の海氷減少がもたらす影響
南極域の海氷が大幅に減少すると、どのような影響があるでしょうか。生態系への影響として、地球惑星科学分野の論文誌Communications Earth & Environmentに掲載された皇帝ペンギン(コウテイペンギン)のコロニーに関する海外の研究をご紹介します(※5)。皇帝ペンギンは、陸地(岸)から張り付いて動かない海氷(定着氷)を繁殖地として5月-6月に産卵し、孵化したヒナは12月-1月頃に巣立ちます。したがって、繁殖を成功させるためには、定着氷が冬季から春先まで安定している必要があります。しかしながら、春季の海氷面積が過去最小を記録した2022年には、ベリングスハウゼン海の定着氷の損失により、5つあるコロニーのうちの4つのコロニーで皇帝ペンギンのヒナが全滅していたことが報告されています。
海洋への影響はどうでしょうか。冒頭で紹介したように南極大陸は氷床と呼ばれる最大4000mの厚い氷で覆われています。氷床は自重により海に向かって押し出され、棚氷(陸上から連結して海に浮かぶ氷)を形成しています。棚氷は底面で海水と接しているため、海氷減少による南極海の高温化は棚氷の融解を促進させ、海面上昇に寄与する可能性があります。
また、南極大陸の沿岸域には、「沿岸ポリニヤ」と呼ばれる大量の海氷が生産される海域が点在しています。海水が凍結して海氷になる際に、塩分の多くは下方の海にはき出させるので、沿岸ポリニヤは高塩分の水が形成される場ともなっています。そこで形成された高塩分・低温の水は密度が高く重たい水(高密度水)となるため、海中の深層まで沈み込み、最終的には地球全体の海洋底層に拡がっています。海氷減少による海洋表層の高温化と棚氷融解による淡水化(低塩分化)は、高密度水の形成を抑制することから、地球規模の海洋深層循環の弱化をもたらす可能性があります。実際に、2017年には、夏季の海氷減少による海洋熱貯蔵量の増加に伴って棚氷の融解が促進され、同時に高密度水の形成にも影響をもたらしたことが日本の極域研究グループによって明らかになっています (※6)。2017年より深刻な変化を示す今年、2023年は棚氷や海洋へのより大きな影響が懸念されるところです。
まとめ
2010年代後半から続き、かつ、今年劇的な減少が観測された南極域の海氷変化が、自然由来か人為的か、一時的な異常か長期的な南極海氷システムのレジームシフト(ある状態から他の状態への急激な遷移)を示唆するものなのか、解明が待たれるところです。これらの原因の解明や、今後の海氷面積の動向を確実に把握するために、JAXAはAMSRシリーズによる継続的な観測を行い、関係する大学や研究機関と協力して参ります。
文:JAXA/EORC 中田和輝・吉澤枝里
謝辞
本記事の作成にあたり、北海道大学 大島慶一郎教授にご協力いただきました。
参考:
※1 National Snow and Ice Data Center, How does Antarctic sea ice differ from Arctic sea ice? January 7, 2022.
https://nsidc.org/learn/ask-scientist/how-does-antarctic-sea-ice-differ-arctic-sea-ice#:~:text=First%2C%20the%20Arctic%20is%20an,has%20shown%20no%20clear%20trend.
※2 Stuecker, M. F., Bitz, C. M., & Armour, K. C. Conditions leading to the unprecedented low Antarctic sea ice extent during the 2016 austral spring season, Geophys. Res. Lett., 44, 9008–9019 (2017).
https://doi.org/10.1002/2017GL074691
※3 Turner, J. et al. Record Low Antarctic Sea Ice Cover in February 2022. Geophys. Res. Lett. 49, (2022).
https://doi.org/10.1029/2022GL098904
※4 Purich, A. & Doddridge, E.W. Record low Antarctic sea ice coverage indicates a new sea ice state. Commun. Earth Environ., 4, 314 (2023).
https://doi.org/10.1038/s43247-023-00961-9
※5 Fretwell, P.T., Boutet, A. & Ratcliffe, N. Record low 2022 Antarctic sea ice led to catastrophic breeding failure of emperor penguins. Commun. Earth Environ. 4, 273 (2023).
https://doi.org/10.1038/s43247-023-00927-x
※6 大学共同利用機関法人情報・システム研究機構 国立極地研究所 、「南極海の表層にたまった熱が氷河を底から融かす~海氷の生成を遅らせて深層大循環に影響する可能性も~」 (2022年7月6日)、
https://www.nipr.ac.jp/info/notice/20220706.html
補足1:気候モードについて
気圧などの気象パラメータの長期的な変化において、特定の空間パターンを持つ現象。その代表例であるエルニーニョ・南方振動は、インドネシア付近と南太平洋東部で海面の気圧が連動して変化する現象を指します。一方、南半球環状モードとは、南極域と南半球中緯度地域の気圧が相反する傾向で変動する現象のことを言います。