利用研究
2018.10.31(水)
シリーズ「衛星データと数値モデルの融合」(第1回) 黄砂やPM2.5など新しい数値モデルデータの公開
衛星データと数値モデルの融合
JAXAでは、衛星によって地球の観測を行うことで、さまざまな有用なデータを提供しています。衛星から得られた観測データのみならず、数値モデルとあわせて利用(融合)することで、欠損がなく連続的なデータを作成し、さらに衛星では得られない物理量についても提供することができるようになります。
JAXAは、豊富な観測データを活用して、解析手法の開発やシミュレーションシステムの構築に国内の研究機関と協力して取り組んでいます。
これは、JAXAが地球観測プロジェクトで衛星データの解析技術を蓄積したことと、モデル開発機関がスーパーコンピュータの発達に相まって高分解能のデータを数値モデルに取り込めるようになったシミュレーション技術が飛躍したことの双方により実現しました。
衛星データと数値モデルを融合する最新の研究開発を紹介する3回のシリーズ「衛星データと数値モデルの融合」の第1回として、黄砂やPM2.5*1に代表される大気中に浮遊する微粒子のシミュレーションをご紹介します。
黄砂やPM2.5*1に代表される新しい数値モデルデータ
衛星は大気浮遊物質の総量を観測しますが、数値モデルと組み合わせることで、黄砂に代表される土壌粒子や化石燃料起源の硫酸塩など種類毎の推定やPM2.5濃度の推定が可能になります。
今回、JAXA・気象庁気象研究所・九州大学で構成する研究グループ(以下、研究グループ)は、①ひまわり8号による大気浮遊物質を推定し、②その推定値を数値モデルへ組み込むことで、大気浮遊物質の飛来予測の精度向上を実現しました。開発した数値モデルデータ(飛来予測等)は、「JAXAひまわりモニタ」ウェブサイトから公開しました。
なお、今回掲載する研究開発による成果については、2018年10月31日付のJAXA・気象庁気象研究所・九州大学による共同プレスリリースにも掲載しています。
① ひまわり8号から大気浮遊物質を推定
~ ひまわり8号による”カラー画像”の活用 ~
ひまわり8号は、先代のひまわり衛星に比べて、観測バンドが5チャンネルから16チャンネルに大幅に増強され、空間分解能が2倍になったことにより、いわゆる”カラー”画像が鮮明に得られるようになりました。JAXAは、地球観測衛星プロジェクトで積み上げてきた観測データから物質の物理特性を推定するアルゴリズム開発技術を、鮮明なカラー画像が得られるようになったひまわり8号に応用することで、静止気象衛星による本格的な大気浮遊物質の推定を可能にしました(図1)。これにより、10分毎にアジア・オセアニアの広い領域で、定量的な推定が得られるようになりました。
~ ひまわり8号による”時間情報”の活用 ~
さらに、研究グループでは、ひまわり8号の高頻度観測を活用した新しいアルゴリズム開発を行い、ひまわり8号の観測間隔である10分毎の大気浮遊物質の変化に関する情報を得ることに成功しました(図2)。静止気象衛星による大気浮遊物質の時間情報を利用した推定手法は世界で初めてになります。従来の衛星を用いた観測では、雲に覆われてデータが欠損した領域やシグナル混入が生じやすい雲の周辺領域で、大気浮遊物質の物理特性を推定することは難しい課題でしたが、高頻度観測により取得した複数の時系列データを入力要素とする推計手法により、データ欠損補完及び混入シグナル除去が可能になりました。
~ 静的から動的な観測へ ~
これまでの人工衛星では、大気浮遊物質の飛来状況が”静的”に得られていたのに対し、ひまわり8号とこれらの手法により、”動的”に得られるようになりました。
図3は、今年の4月27日における大陸起源の大気汚染物質が日本に到達した事例を示しています。これによると、東シナ海に張り出した高気圧のふちに沿った風によって輸送された大気浮遊物質が、日本時間の15時頃に九州地方に到達し、その後九州北部全体を覆うようになります。また、15時から16時半にかけて、済州島(最高標高1,950メートル)の南側で大気浮遊物質の濃度が薄くなっており、島全体で大気浮遊物質の塞ぎ止め、流れを変えている様子がわかります。
図3 2018年4月27日に大陸起源の大気汚染物質が九州北部に飛来した事例。動画中の「エアロゾル*2光学的厚さ」*3は大気浮遊物質による大気中の濁り具合を示す指標。
済州島における大気浮遊物質は、国立環境研究所が運用する観測測器でも確認されました(図4)。この観測測器はライダと呼ばれる測器で、レーザ光を大気中に照射することで、大気浮遊物質などの鉛直分布を観測します。図4は、済州島に設置されたライダが図3と同日に観測した結果です。大気浮遊物質が鉛直にどのように分布し、それがどのように時間の経過とともに変化したかを示しています。全体的に、標高約2,000メートル以下で、非常に濃い大気浮遊物質が確認され、低い高度のまま1日を通じて浮遊していたことがわかります。このような低い高度を飛んでいたことで、大陸起源の大気浮遊物質を島が塞き止めていたことが推察されます。
図4 2018年4月27日の済州島におけるライダの観測結果。横軸は時刻(日本時刻)、縦軸が高度(メートル)。赤い色ほど濃い大気浮遊物質が観測されている*4。
② ひまわり8号のデータを数値モデルへ
~粒子種別のシミュレーション~
気象研究所と九州大学は、同研究所で開発している全球エアロゾル輸送モデル(MASINGAR)に、上の①により開発したひまわり8号の大気浮遊物質の物理特性データを導入することで、ひまわりの観測データを組み込んだ(同化した)大気浮遊物質の飛来予測が初めて可能になりました。ひまわりの観測データを組み込むことで、より高精度な大気浮遊物質のシミュレーションを行うことが可能になりました。
図5は、2016年5月19日に、シベリアで発生した大規模森林火災起源の大気浮遊物質が日本へ飛来した事例です。シベリアのバイカル湖周辺で燃えた火災の煤は、数千キロメートルにわたり、5月19日~20日にかけて、北海道と北東北に停滞しました。これは、日本の東側の太平洋に低気圧が停滞していたためで、煤が太平洋に流されずに日本の上空を漂っていました。
気象研究所と九州大学は数値モデル(MASINGAR)を用いてこの日のシミュレーションを行いました(図5)。その結果、24時間後の予測について、前日のひまわりの観測データを同化したシミュレーションの方が、同化しなかった場合に比べて、当該時刻のひまわり観測と整合し、予測の精度が向上していることがわかります。図のケースでは、ひまわり観測データの組み込みにより、24時間後の予測の誤差が約29%改善されました。
数値モデルは、観測データを組み込むことで、輸送シミュレーションを観測データに基づいて最適化します。さらに、衛星は大気浮遊物質の総量を観測しますが、数値モデルでは、黄砂に代表される土壌粒子や化石燃料起源の硫酸塩など種類毎の推定やPM2.5濃度の推定が可能になります。
図5 2016年5月19日午前9時(日本時間)におけるシベリア大規模森林火災起源の煤が北海道・東北地方に飛来した事例。(Yumimoto et al. 2018を改編)
気候・疫学研究や気象庁黄砂予測への貢献
公開したデータセットは、大気浮遊物質の発生・輸送プロセスの解明や地球気候システムや疫学研究を通じた健康被害への影響評価、海洋生物循環に代表される生態影響の評価など、大気浮遊物質に関する様々な研究に広く活用され、各分野の課題解決につながることが期待されます。
また、今後は、ひまわり8号衛星に加えて、気候変動観測衛星「しきさい」(GCOM-C)、温室効果ガス観測技術衛星2号「いぶき2号」(GOSAT-2)、および日欧共同で開発を進めている雲エアロゾル放射ミッション(EarthCARE)の観測データをモデルに組み込む開発も進めて行く予定です。
今回、開発した推定手法や数値モデル技術は、気象庁が黄砂予測に2019年度(平成31年度)に導入する改良にも適用される予定であり、視程の悪化による交通機関への影響や、洗濯物や車の汚れなど、日々の生活に影響を与える黄砂飛来予測の精度向上が期待されます。
次回はシリーズ「衛星データと数値モデルの融合」の第2回として、海の中の天気予報について解説します。
補足説明
*1 PM2.5
大気中に浮遊するエアロゾルのうち、粒子径が概ね2.5µm 以下のもの。環境基本法第16 条第1項に基づく人の健康の適切な保護を図るために維持されることが望ましい水準として環境基準(年平均15µg/m2以下かつ1日平均値35µg/m2)が定められている。
*2 エアロゾル
大気中を浮遊する微粒子の総称。0.001µmから100µm程度の粒子径を持つ。工場や自動車の排気など都市域から排出される大気汚染物質、林野火災から発生する煤(黒色炭素)、黄砂に代表される地面から巻き上げられた土壌粒子、海面の波しぶきから出る海塩粒子などがある。
*3 エアロゾル光学的厚さ
大気浮遊物質(エアロゾル)による大気中の濁り具合を示す量。0.1未満では大気は透明度が高いことを示し、1以上では非常に濁った状態を示す。
*4 図4
この図は、大気浮遊物質のうち、球形の物質のみを示している。色は消散係数と呼ばれる大気の濁り具合を示す量で、鉛直に積算すると光学的厚さに相当する。
論文情報
謝辞
本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(B)(JP16H02946)の支援を受けました。ライダのデータは、国立環境研究所のAD-Netホームページから提供を受けました。
共同研究グループ
JAXA地球観測研究センター
研究開発員 菊池 麻紀
主任研究開発員 吉田 真由美
研究開発員 永尾 隆
研究領域主幹 村上 浩
気象庁気象研究所 環境・応用気象研究部
第四研究室 室長 田中 泰宙
第一研究室 室長 眞木 貴史
第一研究室 主任研究官 関山 剛
九州大学応用力学研究所
准教授 弓本 桂也
本記事は、気象庁気象研究所、九州大学との協力のもと作成されました。