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2010.05.12(水)
『坂の上の雲』の主人公のふるさと、松山
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図1は、ALOS(だいち)が2009年12月に撮影した松山市とその周辺の画像です。松山市は、画像のほぼ中央の松山平野に位置し、西は瀬戸内海に面しています。人口50万を超える四国最大の都市で、観光都市であるとともに、工業都市でもあります。
松山市の発展は、17世紀初めに松山城が築かれ、その城下町が整備されたことに始まります。伊予国(愛媛県)正木城(現・松前町)を本拠としていた加藤嘉明(かとう よしあき)は、関ヶ原の戦いで東軍に属し6万石から20万石に加増されました。正木城では手狭となったため、海抜132mの勝山に城を築くことにしたのです。城の普請を命じられたのは、家臣の足立重信でした。重信は、土木工事の才にたけ、氾濫することの多かった伊予川の改修に成功し、その功績により伊予川が重信川と呼ばれるようになったほどでした。
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図2 松山市中心部
(Google Earthで見る松山市(kmz形式、4.53 MB低解像度版))
勝山の南を流れる石手川もよく氾濫し、流域を湿地にしてしまうことの多い川でした。そこで重信は、川の流れを変え、重信川(伊予川)に合流させて氾濫を防ぐとともに、田畑の灌漑を進めました。さらに、勝山の2つの峰を削って谷を埋め、天守閣を築けるようにしました。
1602年に築城が始まり、嘉明はこの地を「松山」と名づけました。築城には、四半世紀もの年月を費やし、1627年にほぼ完成しましたが、重信は完成を見ることなく死去、嘉明も完成直前に会津若松へ転封(てんぽう)*1となります。代わって蒲生(がもう)氏が、ついで親藩の松平氏が移封(いほう)*1され、以後幕末まで、松平氏が松山城(勝山)の城主となりました。
城下では商工業が盛んとなり、町の範囲は次第に広がっていきました。松山城は、その後1784年に落雷のために焼失し、1854年に再建されました。江戸時代最後の完全な城郭建築で、現存の天守閣は、このときに建てられたものです。江戸時代以前に建てられ、天守が現存する12城のひとつで、そのなかで唯一、葵の御紋が付いています。
山頂へはロープウェイで上ることが出来ます。また勝山一帯に広がる史跡公園は、「日本さくら名所100選」に選定され、春になると花見客でにぎわいます。
*1転封、移封:幕府の命令で大名の領地を移すこと
道後温泉と『坊っちゃん』
国際観光温泉文化都市に指定されている松山市には、松山城のほかにも多くの観光名所があります。その中でも最もよく知られているのは、道後温泉でしょう。道後温泉は、日本最古の温泉とも言われ、6〜7世紀に聖徳太子や舒明(じょめい)天皇、斉明(さいめい)天皇が訪れたという記録が残っているほどです。また、夏目漱石の『坊っちゃん』の主人公は、鉄道で道後温泉に通ったと描かれており、現在は、当時の姿を復元した坊っちゃん列車が市内を運行しています。松山を舞台とする『坊っちゃん』は、松山の人々からたいへん親しまれており、松山中央公園野球場には「坊っちゃんスタジアム」という愛称がつけられています。
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図3は松山市の拡大画像です。画像中央に、松山市民のシンボル、松山城が見えます。平地にある小高い丘に建てられた平山城(ひらやまじろ)*2で、市街地に取り囲まれているのが分かります。
*2平山城:丘や山の上部に本丸を置き、周囲の平地に二の丸などを築き、城郭と一体化したもの。山城の特徴である堅固さと平城の特徴である利便性を併せ持つ。
『坂の上の雲』の主人公のゆかりの地
日本が近代化に邁進した明治という時代を描く司馬遼太郎の『坂の上の雲』の主人公、秋山好古・真之兄弟、正岡子規の3人は、いずれも現在の松山市で生まれ、幼少期をこの地で暮らしました。
秋山好古は日本の騎兵隊の創設者として知られ、日清・日露戦争で、日本を勝利に導きました。弟の真之は、日露戦争時の海軍参謀として活躍し、日本海海戦でロシアのバルチック艦隊を撃破しました。そして正岡子規は、短歌や俳句の近代化を進め、多数の歌人や俳人を育てた人物です。いずれも、日本という国が坂を登っていくような時代を代表する人々と言えるでしょう。
なお、「だいち」の衛星画像は、NTTレゾナントグループの「goo地図」などで利用されています。「goo地図」では、画面左上の「航空」ボタンをクリックすると、背景が「だいち」画像に変わります。
観測画像について
観測衛星: | 陸域観測技術衛星「だいち」(ALOS) |
観測センサ: | 高性能可視近赤外放射計2 型(AVNIR-2)及びパンクロマチック立体視センサ(PRISM) |
観測日時: |
2009年12月27日 10時02分頃(日本時間)(AVNIR-2) 2009年9月26日 10時02分頃(日本時間)(PRISM) |
地上分解能: | 10 m(AVNIR-2)および2.5 m(PRISM) |
地図投影法: | UTM(ユニバーサル横メルカトール) |
AVNIR-2 は、4つのバンドで地上を観測します。図1、2は、いずれも可視域のバンド3(610〜690ナノメートル)、バンド2(520〜600ナノメートル)とバンド1(420〜500ナノメートル)を赤、緑、青に割り当てカラー合成しました。この組合せでは、肉眼で見たのと同じ色合いとなり、次のように見えています。図は通常と異なって、緑にバンド2の値× 95%とバンド4(760〜890ナノメートル) の値×5%の和を割り当てるという工夫をしたので、植生の分布が見やすくなっています。
濃緑: | 森林 |
明るい黄緑: | 農地 |
明るい青灰色: | 市街地 |
茶色: | 裸地 |
青: | 海域 |
白: | 人工構造物、雪 |
PRISMは地表を520〜770ナノメートル(10億分の1メートル)の可視域から近赤外域の1バンドで観測する光学センサです。得られる画像は白黒画像です。前方、直下、後方の観測を同時に行いますが、ここでは直下視の画像を使っています。
AVNIR-2の、バンド3 (610〜690ナノメートル)、バンド2 (520〜600ナノメートル)とバンド1(420〜500ナノメートル)を赤、緑、青色に割り当てカラー合成したAVNIR-2画像を「色相(Hue)」、「彩度(Saturation)」、「明度(Intensity)」に変換(HSI変換)し、明度をPRISM画像で置き換えて再合成することで見かけ上、地上分解能2.5mのカラー画像を作成することができます。図3はこのように高分解能の白黒画像と低分解能のカラー画像を組み合わせて合成された高分解能のカラー画像、つまりパンシャープン画像です。