気象・環境

2023.03.30(木)

カイロ北部農地のCO2吸収を宇宙から観測

エジプトの首都カイロは、2,000万人以上の都市圏人口を抱える、アフリカで最も人口の多い都市です。ナイル川の肥沃な氾濫原に位置し、周囲を農地に囲まれ、北側には農地が集中しています。衛星画像で見ると、エジプトの乾燥した砂漠を背景として農地は際立って見え、生育期には作物は大気中の二酸化炭素(CO2)を吸収し、その様子を宇宙から測定することができます。

温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」(GOSAT)*1は宇宙から大気中のCO2を観測しており、その観測データを解析することで、自動車や発電所、化石燃料の燃焼活動から発生するCO2の排出量を評価することができます。また、光合成に伴い植物が発する太陽光誘起クロロフィル蛍光(SIF)を見ることで、周辺農地の作物がどのようにCO2を吸収しているかを観測することもできます。SIFは、植物の光合成反応の指標となる革新的な測定法です。作物やその他の植物は、太陽からの白色光を吸収し、光合成が行われますが、その際、光合成では使われなかったエネルギーを微弱な赤色光として放出しています。

GOSATデータ、欧州の衛星に搭載されたTROPOMI SIFデータ、地上風データ、および大都市における統計的な排出インベントリを組み合わせることで、大都市の大気におけるCO2の日々の変動を監視することができます。GOSATは、世界の大都市上空の対流圏CO2の上層・下層のそれぞれの濃度を観測し、都市の排出の影響を直接うける下層大気(0〜4km)の濃度から上層大気(4〜12km)の濃度を差し引いたCO2濃度を算出しています。

ここでは、カイロ上空のCO2濃度の時系列変化をSIFや風向の傾向と共に見ていきましょう。

カイロ北部農地には5〜10月(暑い夏)と12〜4月(温暖な冬)の2回、生育期があります。図1には6月のカイロ空港における風配図*2、GOSAT対流圏上層に対する下層CO2濃度*3、TROPOMI NO2カラム濃度*4、TROPOMI月平均SIF*5を示しています。6月は農作物生育期であるためカイロ北部のナイル川デルタの農地上でSIFが高くなっています。大都市であるカイロ上空で下層CO2濃度が低くなっていることと、風が北側のSIFの高い地域から南側の大都市カイロ上空へ吹く傾向となっていることから、カイロ下層のCO2濃度がナイル川デルタの影響を受けていることが分かります。

図1 2018年6月30日のカイロ空港における風向・風速とカイロ周辺の上層に対する下層のCO2濃度等
上段左図が風配図、上段右図がGOSAT対流圏上層に対する下層CO2濃度、
下段左図がTROPOMI NO2カラム濃度、下段右図がTROPOMI月平均SIFを示す
https://eodashboard.org/story?id=cairo-farmlands&page=4

一方、図2に示したように、農作物生育期の2月のデータでは、デルタ地帯のSIFが高く、カイロ上空の下層CO2濃度も高くなっています。このことと、風が西からカイロ上空へ吹いていることから、カイロ下層CO2濃度がナイル川デルタの影響を受けていないことが分かります。

図2 2019年2月1日のカイロ空港における風向・風速とカイロ周辺の上層に対する下層のCO2濃度等
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図3は農作物の生育期間の終わり頃である10月のカイロ空港における風向・風速とカイロ周辺の上層に対する下層のCO2濃度等を示したものです。この時期はナイルデルタ上空のSIFはかなり低く、光合成が行われていないことがわかります。このことから北からの風が吹いても、カイロ上空では高いCO2濃度が観測されています。

図3 秋季(2019年10月5日)のカイロ空港における風向・風速とカイロ周辺の上層に対する下層のCO2濃度等
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*1: 環境省、国立研究開発法人国立環境研究所(NIES)、JAXAによる3者共同プロジェクト

*2: 風配図(1時間ごとの頻度)
風配図は、対象都市におけるGOSAT通過時刻前後の1時間に吹く風の方向と速度の頻度を表示しています。
謝辞:この風配図は、Wundergroud.com.からの風データを用いて作成しました。

*3: GOSAT対流圏上層に対する下層CO2濃度 [ppm]
GOSAT対流圏上層に対する下層CO2濃度は、大都市におけるCO2排出や植生によるCO2吸収等の影響を受けた下層大気(0~4km)と上層大気(4~12km)のCO2濃度差を示します。GOSATの2層濃度プロダクトに関するレポートは、都市上空の“space-based surface GHG Emission Indicator (GEI)”として、第一回グローバルストックテイクに向けてUNFCCCに提出されました。
データ出典: https://www.eorc.jaxa.jp/GOSAT/GPCG/index_GOSAT.html

*4: TROPOMI NO2カラム濃度(日別)[mol/m3]
TROPOMIは、欧州宇宙機関ESAのSentinel 5P衛星に搭載されたセンサで二酸化窒素(NO2)のカラム濃度を観測しています。NO2は、CO2と同様に石油精製所、発電所、鉄鋼、自動車輸送など化石燃料の燃焼に伴う人為的活動によって発生する大気汚染微量ガスです。CO2の吸収とは異なり、化学反応によってNO2は消失し、大気中に残留することはありません。
データ出典:https://data-portal.s5p-pal.com/products/no2.html

*5: TROPOMI SIF 月平均 [mW/m2/sr/nm]
TROPOMIで観測されたSIF(太陽光誘起クロロフィル蛍光)は、植物の光合成の過程で放出された蛍光を示します。植物は太陽光を吸収し、そのエネルギーの一部を熱や光として再放出します。そのため、植物が生えている地域のSIFは植物の光合成によるCO2の炭素吸収量と深く関係しています。
データ出典:Koehler, P., & Frankenberg, C. (2020). 未補正版 TROPOMI SIF(740nm)(バージョン1.0)[データセット]. カリフォルニア工科大学データ. https://doi.org/10.22002/D1.1347

本記事は、「Earth Observing Dashboard」の以下のストーリーを元に作成しています。
https://eodashboard.org/story?id=cairo-farmlands

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