利用事例

2012.12.27(木)

生物多様性の保全 〜沖縄県名護市大浦湾のサンゴ礁〜

地球環境問題が世界の主要課題となった地球サミット*1から、今年で20年の月日が経ちました。今回の「地球が見える」では、生物多様性に関する話題を紹介します。

2010年10月に愛知県名古屋市で開催された生物多様性条約第10回締約国会合(COP10)は「名古屋議定書」が採択されるなど重要な会議となりました。その後、本年10月にインドのハイデラバードで開催した第11回締約国会議(COP11)へと続いています。締約国会合ではさまざまな議題について議論が進められています。四方を海で囲まれた我が国にとって重要な課題の1つ「海洋及び沿岸の生物多様性」では、「生態学的・生物学的に重要な海域(EBSA: Ecologically and Biologically Significant Area)」を抽出した地域ワークショップの開催報告があり、重要な海域の特定及びその保全管理措置の選択を各国が行う前提で、国際機関に報告することになりました(参照1)。このために必要な重要海域抽出の具体的方法は、日本では2011年3月に環境省により策定された海洋生物多様性保全戦略(略称「海洋保全戦略」)に示されています(参照2)、(参照3)。

海洋環境情報は、陸域に比べて非常に限られており、利用可能な情報を最大限包括的に利用することが重要とされています。海洋環境情報には、海底地形、海流など物理環境データ、生物調査、動植物生息地の分布情報などがありますが、過去に調査で得られた既存データを活用し、包括的かつ迅速に抽出、検証することが求められています。

全地球上の海面積の約0.2%にサンゴ礁が広がり、海に生息している生物の約4分の1がサンゴ礁に関わって生活しています。造礁サンゴ*2を母体に、様々な底生生物、魚類などが集まり、全体でサンゴ礁生態系ができあがっています。また、造礁サンゴは動物でありながら光合成をする特殊な生物でもあります。この様に陸上の熱帯雨林のように生物種が多い生態系でもあることから「海の熱帯雨林」とも呼ばれ、重要な生態系としてその保全が推進されています。

太平洋、大西洋、インド洋などの赤道に近い熱帯・亜熱帯で、水温が25〜29℃と暖かい島々の周辺に、大規模なサンゴ礁が広がっています。日本周辺の暖流黒潮が流れる太平洋では北緯30度以北の伊豆諸島南部、小笠原諸島にかけて、日本海では玄界灘の壱岐を北限に奄美大島、沖縄列島でサンゴ礁が見られます。中でも、奄美・沖縄地方は世界でも有数のサンゴ礁が広がっている海域です。

このように、多種多様な生物が生息するサンゴ礁では造礁サンゴとその体内に生息する褐虫藻の共生が織りなす物質循環システムにより、サンゴ生態系の豊富な生産性を支えています。また、環境変動の履歴としても重要な記録とされています。しかし、土地開発の人為的ストレス、近年の地球温暖化やそれに伴う海洋酸性化などによる環境ストレスなどに起因する生息環境の劣化が指摘されています。

沖縄本島中央部
沖縄本島中央部

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図1 沖縄本島中央部

図1はランドサット*35号が1992年5月に沖縄本島を観測した画像です。海岸線に沿って青く見える海域が、サンゴ礁により囲まれた浅瀬の海域とみられます。宇宙から見ると、晴れた日の海は太陽光線の可視光のうち、波長の長い赤色から順に海水に吸収され、水深10mを越すと青色だけになり、海水からの光も青く見えますが、サンゴ礁の海域では波打ち際の白い砂の海底で見られるエメラルドグリーンから、沖合の深い藍色まで、水深によって微妙に色調を変化させます。

1998年に起こった大規模な白化現象により広範囲のサンゴが大きな被害を受け、2004年には大浦湾の小規模な白化現象がありました(参照4)。その他オニヒトデの大発生、赤土等の土壌流出や過剰な栄養塩類の流入といった様々な陸域からの負荷、さらに沿岸域の開発、漁業や観光による過剰利用、病気などの様々な要因が複合的にサンゴ礁に影響を与えることが憂慮されています。

大浦湾周辺の2007年大浦湾周辺の2010年
大浦湾周辺の2007年大浦湾周辺の2010年

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図2 大浦湾周辺の2007年(左)と2010年(右)の様子

(Google Earthで見る大浦湾(kmz形式、6.89MB、低解像度版))

図2はalos(だいち)が2007年12月と2010年9月に撮影した大浦湾周辺の画像です。沖縄県名護市の東海岸に位置する大浦湾の画像には、外洋に面した深場の泥地から、サンゴ礁、海草(リュウキュウスガモ、ウミヒルモなど)や海藻の藻場、湾奥の大浦川、汀間川河口のマングローブ林や干潟の順にV字型に大きく切れ込んだ深い湾の奥までの多様な環境が、チリビシのアオサンゴ群集、海獣ジュゴンなどの希少な生物や多種の生物を育み豊かな生態系を作り出し、「生物多様性が高い」と言われる様子が見られます。沖縄本島の沿岸海域でも、赤土流出や埋立地、オニヒトデの大量発生やサンゴの白化現象などの影響により、サンゴ礁が失われてきました。そのようなサンゴ礁への影響が広がるなかでも大浦湾の海では、沖縄県内の他の場所ではほとんど見られない独特な地勢と自然の営みにより、多種多様な生態系が育まれる希少な場所と考えられます。図2の二枚の画像から、大浦湾外の西側に伸びるサンゴ礁縁の内側の色が、2007年にやや白く、2010年には図1の1992年と同様の褐色に戻っている様子が見られます。

宇宙からの衛星による観測も、これまで情報が不足していた沿岸域の観測に応えるため進化しつつあります。光学センサに浅い海の海底まで透過する青色チャンネルを用い、海底土地被覆の観測や水深測定の観測機能の強化が進み、沿岸環境の変動モニタリングで得られる情報が、生物多様性を保全する意思決定ツールとして重視されています。現在開発中の陸域観測技術衛星3号(ALOS-3)は、高分解能化と観測幅の拡大の両立を実現する日本の光学センシング技術ならではの特徴を活かし、サンゴ礁のような広域に分布する沿岸海底の土地被覆情報を高分解能化するのに適すると考えられています。沿岸生態系マッピング分野における公益的な ALOS-3の利用への期待はASEAN諸国を含め非常に高まっており、また日本の目に見える国際貢献としてもALOS-3は非常に重要であると要望されています(参照5)。

また、第一期気候変動観測衛星(GCOM-C1)の多波長光学放射計(SGLI)は、全球観測では世界最高水準を実現する250 m分解能の水色、500m分解能の海面水温観測により、陸域から沿岸海域に流入する懸濁物質、水生植物、河川水など、日本のように複雑に入り組んだ海岸線に沿う沿岸環境の時系列データ解析による、地域性の高い海洋気候や環境変動の関連性を解明する高水準のデータ利用が可能になります。

雲除去・RGBカラー合成画像
図3a 雲除去・RGBカラー合成画像(2012年11月24日〜30日の7日間の観測データより)
2012年8月月平均地表面温度
2012年11月月平均地表面温度

図3b 2012年8月月平均地表面温度   図3c 2012年11月月平均地表面温度

全球観測センサのSGLIに先立ち、MODIS画像が公開中(図3a)です(参照6)。2012年の月平均地表面温度画像(図3b,3c)からは、沖縄沖合の水温が8月に約30℃、11月に20数℃となり、サンゴの生育に適温であったことが分かります。2003年から現在まで10年観測を継続しているMODISデータを過去からの記録として、今後のSGLIへと繋がる観測データ解析、検証が、生物多様性の保全に寄与する重要な情報になることでしょう。

折しも本年11月、気象庁海洋気象観測船による長期海洋観測データ解析により、地球温暖化に関する情報、国内初の海洋酸性化の定期的監視情報の提供開始が発表されました(参照7)。今回の解析により、北西太平洋海域(東経137度線上の北緯3度〜34度)の海洋酸性化が進行していることが分かり、これによって大気中の二酸化炭素濃度を左右する海洋の二酸化炭素吸収能力の低下や、海洋の生態系への影響などが懸念されるところ、気象庁を通じて、海洋酸性化に関する情報提供を開始していくとの発表があり、生物多様性の保全のみならず、気候変動に関する課題へも宇宙と海洋からの観測の連携が期待されます。


<脚注>

*1 1992年6月にブラジルのリオデジャネイロで開催された国際会議。正式名は、「国連環境開発会議、United Nations Conference on Environment and Development(UNCD)」という。通称「地球サミット」。この会議において、「気候変動枠組条約(FCCC)」と「生物物多様性条約(CBD)」が採択されました。

*2 硬い骨格を持ち、褐虫藻(かっちゅうそう)という植物を共生させているサンゴであり、サンゴ礁の基礎を作る役割をしている。

*3 人工衛星による観測では、1972年にNASAが初号機を打ち上げたLandsat計画が、2012年で40周年を越えて、2013年2月11日以降には、ランドサット・データ継続ミッション(LDCM: Landsat Data Continuity Mission)により、能力を向上させたLandsat-8の打ち上げを計画しています。Landsatは地表面を定期的に万遍なく観測するので、高分解能商業衛星のようにセンサを目標領域に向けて観測する衛星とは異なり、空白域のない全球の観測が可能です。そのため中長期の変化を観測することに適し、環境変動の定期的モニタリングに最適です。

観測画像について

観測衛星: ランドサット5号 (米国)
観測センサ: セマティック・マッパー (TM)
観測日時: 1992年5月28日(世界標準時)(図1)
地上分解能: 30 m
地図投影法: UTM(ユニバーサル横メルカトール)

図1は、米国地質調査所の画像検索サイト USGS Global Visualization Viewerから無料でダウンロードしたデータを用いました。可視域のバンド3(630〜690ナノメートル)、バンド2 (520〜600ナノメートル)、バンド1(450〜520ナノメートル)に赤、緑、青色を割り当ててカラー合成したので、肉眼で見たのと同じ色合いとなります。

観測衛星: 陸域観測技術衛星「だいち」(ALOS)
観測センサ: 高性能可視近赤外放射計2 型(AVNIR-2)及びパンクロマチック立体視センサ(PRISM)
観測日時: 2007年12月25日10時12分頃(日本標準時間)(AVNIR-2、PRISM同時観測)(図2左)
2010年9月22日10時13分頃(日本標準時間)(AVNIR-2、PRISM同時観測)(図2右)
地上分解能: 10 m(AVNIR-2)および2.5 m(PRISM)
地図投影法: UTM(ユニバーサル横メルカトール)

AVNIR-2 は、4つのバンドで地上を観測します。図2、3は、いずれも可視域のバンド3(610 〜 690ナノメートル)、バンド2(520〜600ナノメートル)とバンド1(420〜500ナノメートル)を赤、緑、青に割り当てカラー合成しました。この組合せでは、肉眼で見たのと同じ色合いとなり、次のように見えています。

濃緑:
明るい緑: 草地
青灰色: 市街地
青: 水域
水色: 珊瑚礁
白: 道路、建物、雲

(図2)

PRISMは地表を520〜770ナノメートル(10億分の1メートル)の可視域から近赤外域の1バンドで観測する光学センサです。得られる画像は白黒画像です。前方、直下、後方の観測を同時に行いますが、ここでは直下視の画像を使っています。

AVNIR-2の、バンド3 (610〜690ナノメートル)、バンド2 (520〜600ナノメートル)とバンド1(420〜500ナノメートル)を赤、緑、青色に割り当てカラー合成したAVNIR-2画像を「色相(Hue)」、「彩度(Saturation)」、「明度(Intensity)」に変換(HSI変換)し、明度をPRISM画像で置き換えて再合成することで見かけ上、地上分解能2.5mのカラー画像を作成することができます。図2はこのように高分解能の白黒画像と低分解能のカラー画像を組み合わせて合成された高分解能のカラー画像、つまりパンシャープン画像です。

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